ある少年と彼女と彼


 僕は今、孤児院にいる。父さんと母さんが死んじゃったから。
 悲しくて、涙も出ない。寂しくて、誰にも抱きつけない。
 ただ、心が痛い。

 学校は嫌い。みんなは僕を変だというし、先生は“お前のために言ってるんだ”と押し付けがましく僕を叱る。本当は、群から外れようとする羊がうっとうしいだけじゃない。

 「どうしたの?」
孤児院の寝室の端で蹲っていた僕に、声をかけてくれたのは僕より年上の女の子だった。くるくるとした茶色い髪を二つに縛った元気そうな女の子。
 名前は・・・え〜と、・・み、み・・・何だったかな? 忘れちゃった。
 彼女は僕のことをよく気にかけてくれるから、顔は覚えてるんだけど。
 そんなことを考えている僕を余所に、彼女は僕の手にあるモノを見て、小さく呻いた。
「何っ、これ・・・!? 酷いっ」
僕の手には、バラバラになった木のパレットが乗っかっていた。
 学校の先生が怒って割っちゃったんだ。僕の宝物だったのに。
 でも、あの時と同じ。僕は泣けないんだ。ただ、心だけが痛い。
 「おい、実咲!!」
 ああ、そういえば、彼女は実咲って名前だった。
 彼女を居丈高に呼びながら部屋に入って来たのは、和也。よく僕に意地悪を言うから、覚えている。
 「何してんだ?」
そう言って彼が僕の手元の割れたパレットを覗き込む。
「中学校の先生だって。酷いと思わない!? 最低よ!! そう思うでしょ、和也!?」
彼女が僕よりもずっと怒った顔で訴える。
「んなの俺の知ったことじゃねぇし。だいたい男がパレット一つでそんな情けない顔してんじゃねぇっての」
情けない顔? 僕は今、一体どんな顔をしているんだろう? そんなに酷い顔をしてるのかな? 自分ではよくわからないんだけど。
 そう考えながら見た窓硝子の中の僕は、僕が思っていたよりずっと悲しそうな顔をしていた。

 「元気出して。院長先生にお願いすれば、きっと新しいの買って貰えるよ」
「うん」
夕食の席、彼女が励ましてくれるのを聞きながら、僕はおかずのハンバーグを口に入れた。
 不味い。いつもは、美味しいわけでもないけど不味くはないのに。
 「馬鹿。買って貰えるわけねぇだろ。うちはただでさえ金がねぇのに。んなもん買う金があったら、先に服でも文房具でも買ってるに決まってるじゃねか」
 和也の言葉に、ハンバーグがさらに不味くなる。
 いつもは彼のいじわるなんか気にしないのに、今日はやけに心に響いた。

 その夜、僕は寝るときに枕元に割れたパレットをハンカチに包んで置いておいた。
 割れたパレットなんてゴミ同然の木屑なのはわかっていたけど、どうしても捨てられなかったんだ。

 翌朝、僕が目を覚ますと、割れたパレットの包みがなくなっていた。
 誰かがゴミと間違えて捨ててしまったのかな?
 “ゴミと間違えて”? ゴミそのものだよね、あんな木屑。誰が見たってゴミ箱に入れちゃうに決まってる。
 それでも僕には大切なモノなんだ。
 僕は孤児院中のゴミ箱を探し回った。
 ない。無い。どこにも・・・・っっ


 「どうかしたのか?」
「和也・・・・。無いんだ、僕のパレット消えちゃった。・・・どこにもないんだ」
「し、知らねぇっての、んなもん。そのうち出てくるんじゃねぇか」
和也はそう言うと、自分には関係ないというようにさっさと背を向けて行ってしまった。
 僕は何も考えずに、足の向くままに歩いた。止まっていたら気が変になりそうだったから。
 ひどく、胸が痛い。でも、涙は出ない。


 「どうしたの? そんな顔して」
今度は実咲に会った。僕はもう口にするのさえ億劫になりつつある、パレットのことを途切れ途切れに話す。彼女は黙って聞いてくれた。
 「泣いちゃいなよ。別にいいんだよ、泣いたって」
彼女が不意にそう言って僕をぎゅって抱きしめた。
 「でも、父さんが・・・男の子は、な、泣いちゃダメって・・」
背が高くて、逞しい僕のお父さん。転んで泣いちゃった僕を広い胸に抱きしめて、おっきくて温かい手で僕の頭を撫でながらそう言った。
 「うんん。泣いていいよ。思いっきり泣いて、その後思いっきり笑うの。そうやってみんな前に進むんだよ。涙と一緒に悲しい気持ちを出しちゃうの。そうしたら、また笑えるから。お父さんとお母さんだって、貴方が笑ってくれることを望んでいると思うよ」
 僕の笑顔が一番の元気の素だと言ってくれたお母さん。貴方が喜んでくれるならと、美味しいご飯をいっぱい作ってくれた。
 涙が零れた。一度溢れ出したら止まらなくて、次から次から落ちてくる。
 口に入った雫がしょっぱい。
 僕は彼女の服をビショビショに濡らしながら泣いた。彼女はずっと黙って僕を抱きしめていてくれた。

 彼女と別れて寝室に戻ると、僕のベットの上にあのパレットが置いてあった。
 あれ? ・・・・・割れて、ない。
 手に取って見ると、割れ目が綺麗に接着剤でくっつけてある。破片が足りない部分には大鋸屑が詰められていて、全体には綺麗にニスまで塗られてる。
 ベットの上には他に小さなメモが落ちていた。

 あんまり、うじうじするんじゃねぇぞ。男だろ?
     仕方ないから、直してやった。これで我慢するんだな。
    黙って持っていって悪かった。
                       和也
   あ、このこと実咲に言うんじゃねぇぞ。
                 言ったら殴るからな。


 「ふふっ、ふっ、ははっ、あっははははっっ・・・・」
僕は久しぶりに笑った。お腹が痛くて苦しかったけど、胸はもう痛くなかった。
 「ありがとう、実咲、和也」
 思いっきり泣いて、思いっきり笑って、僕はやっと前に進める気がする。
 いつも曇っていた僕の心が、今日久しぶりの快晴に見舞われた。



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