ある青年の苦悩と幸せ


 「好きです」
そう言われて僕は普通に
「ありがとう。僕も君が好きだよ」
と返した。
 実際僕は目の前の少年に好意を抱いていたし、まさか教師が生徒相手に嫌いなどと言うわけにもいかない。
 それが“逃げ”であることはわかっていた。
 彼の好きはそういう意味ではない。世間一般で言う“愛している”、“like”ではなく“love”の方だと僕はわかっていたんだ。わかっていて、あえてはぐらかした。
 「僕の好きっていうのは、えっと、そういうのじゃなくて・・・・だから、・・その・・・」
彼は耳まで真っ赤になって、微かに震えながらも一生懸命自分の気持ちを伝えようとしてくれている。大きな瞳は今にも涙が零れそうなぐらい潤んでいた。
 出来ることなら彼の気持ちに応えたいが、一体どう応えればいいのだろう?
 僕たちは男同士だ。まあ、今時同性愛なんて珍しくもないが、僕には基本的にそういう趣味はない。初恋だって童貞喪失だって、多少世間一般の“普通”とはかけ離れた相手だったが、それでもとりあえず女性が相手だった。
 正直にそう言えばいいのだろうけど、そうすれば目の前の小さな少年を傷つけることになるのは目に見えていた。そして僕は、それがたまらく嫌だった。
 今まで、僕を見ると嬉しそうににっこりと微笑んでくれた笑顔を失いたくはない。その気持ちが、僕に拒絶の言葉を口に出すことを躊躇わせていた。
 「あの、僕、先生のこと、あ、愛してるんです!!」
僕がうだうだと考えている間に、彼が振りきるようにそう言い切った。円らな瞳に涙を溜めて、僕をじっと見上げている。
 恐らく今まで恋などしたことのないであろう少年に、その気持ちは恋なんかじゃなくてただの錯覚だと教え、騙してしまうことは簡単だろう。だが、僕は僕なりに真剣に答えを返したかった。たとえそれがどんな結果を招いても。
 「明日の放課後まで時間をくれないかな? 僕はそれまでに自分の心を整理して、ちゃんと答えを返すから」
これが今の僕に出来る精一杯の返事だった。
 彼は少し不安そうな顔で頷くと、走りさって行った。
 赤く燃えた夕焼けの空がカッターシャツに包まれた彼の背中を橙色に染めていた。


 家に帰ってから、僕はずっと自分の気持ちを考えていた。
 僕は彼をどう想っているのだろう?
 好きか嫌いかと問われれば、当然好きだ。だが、その“好き”が愛と呼ばれる感情に当て嵌まるのかどうかは、正直、よくわからない。
 彼に単なる生徒の一人というのではなく、特別な好意を抱いていることは確かだが、果たしてそれは愛と呼べるのだろうか?
 そもそも僕らは男同士だ。さらに、歳も十歳近く(正確には九歳)離れているし、僕は教師で彼は僕の生徒だ。僕には基本的に同性愛の趣味はないし、ましてや生徒相手に邪な想いを抱くような危ない趣味に走った覚えなど更々ない。
 やはり断るべきだろうか?でも、この答えの出し方は間違っている気がする。
 もっとも、数学じゃないんだから、はっきりと正解と誤答に分けられるものではないだろうけど、少なくとも僕は間違っていると思う。
 性別とか、年齢とか、立場とかそういうことを抜きにして、“彼”をどう思っているか。それが大事なんだ。
 少なくとも彼はそういうのに関係なく、ちゃんと“僕”を見て想いを寄せてくれている。それなのにそんなくだらない理由でその想いを拒むことはしたくない。  じゃあ、僕は“彼”をどう想っているんだろう?というところで、また振り出しに戻ってしまった。これじゃあ、堂々巡りだ。
 僕が溜息をついてなんとなく窓の外へ目をやると、いつの間に夜になったのか、そこには金色の丸い月が出ている。今日は快晴らしく、都会の夜空にしては多くの星が黝い空に小さく瞬いていた。


 彼と初めて出会ったのは、一ヶ月ぐらい前だった。
 最初は今の学校に来て、受け持つクラスの子供達の一人にすぎなかった。それが変わり始めたのは、このクラスで初めての僕の国語の授業。
 その日、僕は雨のせいでかなり憂鬱だった。雨の日にはろくな思い出がない。
 なんとか、くだらない思考を追い払って授業をしている時に、ふと綺麗な青空が目に入った。本物の空と見紛う程の見事な青空は、教壇の前に座る少年の描いた絵だった。
 確かに絵は綺麗だが、このクラスは三年生で冬には受験を控えている。授業中に絵を描くというのは感心しない。あとで困るのはこの少年だ。
 僕は注意しようと彼の目を見て、それを止めた。彼にはそんなことは関係ないのだ。受験のことも、将来のことも、全部わかっていて彼は絵を描いている。高校になど行けなくても全然構わないのだろう。彼の目を見れば、なんとなくそれがわかった。
 例えここで無理矢理彼から絵筆を取り上げたとしても、彼がまともに授業を受けることはないだろう。
 ふと、彼が顔を上げて僕を見た。その瞳に罪悪感が見て取れる。授業を受けないのはともかく、僕の話を聞いていなかったりすることに関しては、申し訳なく思ってくれているのだろう。
 彼の描いた青空のお陰で僕も気分が晴れたんだし、気にしなくていいんだけどなぁ。
 だからといって教師がそんな自分本位なことを言うわけにもいかないから、僕は 「綺麗な空だね」
という言葉でそれを伝えようとした。嬉しそうに頬を朱に染めて笑ってくれたから、ちゃんと伝わったんだと思う。
 彼はその日の放課後、僕に出来上がった空を見せに来てくれた。
 空は灰色で、雨がしとしとと降っている中、彼の手元の四角い空間だけが青く晴れた空を映していて、僕は晴れやかな気分になった。


 たぶんこの時から彼は特別だったんだろうと思う。
 ただ、その“特別”が恋愛感情かというとちょっと違う。どちらかというと、息子や弟に向けるような感情に近いような気がする。
 少なくとも、この時点では可愛い弟のような生徒という感じだった。
 だけど、今は・・・・?
 あれから彼とよく話をするようになった。彼があまり親しい友人を持たなかったのと、いつもよく残しているようなので心配になって、一緒に昼食を摂るようになった。天気の悪い日以外は屋上か中庭といった、空が見える所で一緒に昼食を摂っている。僕と食べるようになってからは、彼も残さず全部食べることが多くなった。
 彼と絵を見せて貰って、話をして、一緒にお昼を食べて、笑い合って・・・そんな時間が、僕にとっていつしかすごく愛しくなっていた。何故なら、彼のことが愛しいから。
 彼が笑うと僕も嬉しかったし、彼が悲しそうな表情をすると胸が裂けそうな感覚に襲われた。彼の嬉しそうな笑顔が愛しくて、彼の仕草の一つ一つから目が離せなくなって。
 ああ、僕はもうとっくに自分の気持ちに気付いていたんだ。気付いていたのに、知らない振りををしていたんだ。僕が臆病だったから。
 彼はこんな僕を慕って、勇気を出して想いを告げてくれたんだ。僕が臆病になっているわけにはいかない。いい加減勇気を出さないと。
 僕に晴れた空を見せてくれた彼を幸せにできるのなら、もう一度恋をしてみよう。失うことの辛さに臆病になるのは、止めよう。
 “彼女”もそれを望んでくれるはずだ。
 僕は妙にスッキリした気持ちになって、ベットに横になった。
 明日、彼に僕の気持ちを伝えよう。彼は笑ってくれるだろうか? 
 数年ぶりに味わう幸せでほんの少し照れくさいような気分に酔いながら、僕は目を閉じた。 
 



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