ラインハルトの場合


 キャゼルヌから急な呼び出しを受けて、ヤンは執務室から司令部に出頭した。
「どうしたんですか、先輩」
「あぁ…来たか」
キャゼルヌは自分の席で頭を抱えていた。
「その…帝国の皇帝から…お前に超高速通信が入っていてな…」
「へ?」
「あと…」
キャゼルヌはげっそりした様子で、ヤンに上等そうな赤い包み紙に菌のリボンがかかった包みをヤンに差し出した。
「今朝帝国からの使者が持ってきた。皇帝からお前さんにだそうだ」
「はぁ…」
呆気にとられたままに包み紙を開ければ、中の箱には高そうな陶磁器のコーヒーカップが2つ入っていた。上等そうだが華美な装飾はなく、黄金獅子の図柄が描かれている。
 「まいったなぁ…。まぁ、お客さんが来た時にでも使えばいいか」
ヤンは頭を掻きながらコーヒーカップを眺めた。彼の紅茶党はイゼルローンでは周知の事実だが、皇帝が知るはずもない。だが、仮にも皇帝からの贈り物を使わないからとはねつけるわけにもいかなかった。
 「通信を繋ぐぞ」
ヤンがプレゼントを拝見し終わったのを見て、キャゼルヌが声を掛けた。ヤンが頷けばイゼルローンの特大モニターに皇帝の姿が映し出される。豪奢な黄金の髪に氷蒼色の瞳の美貌は、背景に薔薇の花の幻覚が浮かびそうなほどの華やかさで、モニターの前の同盟士官達を圧倒した。ヤンの慌てた敬礼に対して、優雅な仕草で敬礼が返される。
 「贈り物は受け取ったか?」
「はい、確かに頂きました。あのような上等なものを…すみません」
「いや、卿が喜ぶのならあのぐらい気にするほどのことでもない」
「はぁ、どうも」
まさか喜んでませんとも言えず、ヤンは曖昧に返事を返した。
「ところで、卿は余にバレンタインの贈り物はしてくれぬのか?」
厳かな口調で問われて、ヤンは固まった。いつもの癖で頭を掻こうと上げた手を、慌てて下ろす。
「すみません…その、そういう行事ごとには疎いもので…」
普通、遥か銀河の向こうの敵にバレンタインの贈り物など思いつくわけがない。だが、自分は貰っておいて思いつかなかったなどと返すのも気がひけて、ヤンはそう答えた。
「そうか、まあいい。今、卿からも贈り物を貰うとしよう」
ラインハルトは些か残念そうに頷くも、打って変わって明るい声でそう言った。わけのわからぬといった様子でモニターを見上げるヤンに、ラインハルトは些か頬を紅潮させて要望を伝えた。
 「余のことを“ハルチ”と呼んで欲しいんだ」
「…は?」
ヤンは思わぬことに呆気にとられ、畏れ多くも皇帝相手にわけがわからないという顔を向けてしまった。当然といえば当然のことで、キャゼルヌや周りの通信士官なども一様に似たような表情を浮かべている。
「やはり、余と卿の仲だからな。あだ名で呼び合ってもおかしくないと思うのだ」
「はぁ…」
皇帝と敵国の軍司令官の仲は、あだ名で呼び合うものなのだろうかとヤンは真剣に考え込んでしまう。
 「呼んでくれないのか?」
どこか寂しげな声で銀河帝国の皇帝に問われ、ヤンはおずおずと口を開いた。
「…は…はる…ち」
何となく言うのが恥ずかしくて、途切れ途切れ紡がれた言葉。ヤンの頬には微かに朱が混じっていた。
皇帝はと言えば、その言葉を聞いてから掌で顔を押さえて下を向いている。何やらその手の隙間から、赤い物が漏れだしているように見えるのは気のせいだろうか。
 「陛下?」
「すまぬ。余はこれから公務があるゆえ、これで失礼する。卿の贈り物、確かに受け取った」
ラインハルトは下を向いたままそう言い、ヤンが敬礼する間もなく通信が切れてしまった。
 「何だったんでしょうね?」
「俺に聞くな」
振り返って戸惑ったように問いかけてくる、ヤンにキャゼルヌは冷たく返した。別に意地悪でそうしたわけではなく、そうとしか言いようがなかったのだ。


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