ユリアンの場合


 帰宅したヤンはシチューのほの甘い香りと、被保護者の少年の笑顔に迎えられた。
「おかえりなさい、提督。シチュー、ちょうど出来たところです」
「ただいま。うん、いい匂いだね」
見慣れたエプロン姿のユリアンが、お玉を片手にシチュー鍋を掻き回すのを眺めながら、ヤンは小さく鼻を動かした。その仕草が年に似合わずみょうに可愛らしく感じて、ユリアンは小さく笑みを漏らした。
 ユリアンのアイリッシュシチューはヤンの予想した以上に、彼の舌とお腹を満足させてくれた。珍しく三度もお代わりしたヤンは、鍋の中身を空にして満足そうに息を吐き出した。
「ごちそうさま。美味しかったよユリアン。その…いつも美味しいんだけど…今日のは少しいつもより甘くて…特に美味しかった」
「提督が喜んでくださるなら、僕も作りがいがありますよ。せっかく、バレンタインだしと思って、隠し味にチョコレートを入れてみたんですけど…お口に合ってよかったです」
「マメだね、お前は。一体誰に似たんだ…」
彼の被保護者はいつもそうだった。いちいち言わずとも、そこら中に小さな気遣いを込めてヤンを喜ばせてくれる。ヤンは感謝と感心を呆れた様な口調に隠して伝えたが、温かさに満ちた表情が彼の本心を雄弁に語っていた。
 ヤンの満足した様子にユリアンは嬉しそうに表情を綻ばせながら食器を片付け、お茶を淹れた。ヤンの目の前に出されたのはいつものティーカップではなく、取っ手のないカップだった。中のお茶も見慣れた琥珀色ではなく、透き通った新緑のような若葉色である。
「これは?」
「僕からの、バレンタインのプレゼントです。緑茶って言うんだそうですよ」
言いながらユリアンは、テーブルの上に独特のデザインと形をしたティーセットと、茶葉の入った缶を並べた。
 「へぇ…珍しいね。緑のお茶か…」
ヤンがカップを口に近づければ、紅茶ほど甘くない大人しい香りが鼻を擽る。口に含めば、独特の若い渋みがじんわりと口内に広がった。だが、渋みは決してしつこくなく彼の舌を心地よくくすぐる。
「うん、悪くないよ。ありがとう、ユリアン」
ヤンは嬉しそうに礼を言って、緑茶に視線を移すがその視線がどことなく色々な場所を彷徨っていた。ユリアンは口に合わなかったのかと心配になったが、せっせとお茶を口に運ぶ様子を見るとそうでもない。怪訝に思いつつも何と声をかけてよいかわからず、ただ、向かいに座って自らも緑茶に口をつけた。
 「そういえば、提督も今年はバレンタインのプレゼントを買われたそうですね。もうお渡しになったんですか?」
問われた言葉にヤンはギクリと緑茶から顔を上げた。
「いや、まぁ…まさか、お前にまで噂が届いてたとはね」
「みなさん、その話題で持ちきりでしたよ」
みなさんというのは、むろん、シェーンコップ、アッテンボローといったイレギュラーズの面々である。
 「暇だね、みんな。それはそうと…さっきからそれについて言おうと思っていたんだけれど…」
ヤンは歯切れの悪い口調でそう口にすると、緑茶を受け皿に戻してユリアンを見つめた。
「えっと…私はお前みたいに器用じゃないし…保護者のくせにお前の興味のあるものというのがあまりわからないし…その、喜んで貰えるかどうかわからないんだけれど…」
難しそうに眉を寄せながらつらつらと語るヤン。ユリアンは何が言いたいのかわからず、瞬きを繰り返しながら保護者の顔を見つめ返していた。
 「その、つまり…」
言いながらヤンは席を立ち、自室に行って戻ってきた。その手には大きな紙袋が提げられている。
「お前に…プレゼントだよ」
ヤンは照れと不安の入り交じったような複雑な表情で、ユリアンの目の前に紙袋を置いた。ユリアンは思わぬことに、瞳を見開いてヤンの顔を見つめた。
「じゃあ、プレゼントっていうのは…僕に?」
問いかけに頷いて、ヤンは乱暴に黒髪を掻き回した。そして、開けないのかと小さく呟く。ユリアンは慌ててプレゼントに伸ばしたまま固まっていた手を動かし、紙袋を開いた。
 中には大きな箱が入っていた。箱を開けると何かの装置のような円形の台座が現れる。台座を机の上に置いたユリアンは台座についていたスイッチらしいボタンを押してみた。
 現れたのは銀河だった。台座の上にはハイネセン、フェザーン、オーディンの三つの星を基点に有名な星や星雲がフォログラムで映し出されている。さらに、その隣の捻りやボタンなどを調節すると、一定の箇所を拡大することもできるようだ。地球儀ならぬ、銀河儀といったところだろうか。
「提督…これ…」
ユリアンは夢中になって見ていた小さな銀河から顔を上げて、立ったままその場を行ったり来たりして落ち着かない様子のヤンを見上げた。
「その…あまり気が利いたものができなくてすまないね。でも、星を見るのは嫌いではないようだったし、それに…」
ヤンはその先を口にしなかった。つまり、将来軍人になるならば星や星域の位置関係を知っておいて損にはならないということだが、ヤンはユリアンに軍人になって欲しくはないのである。
 「気が利かないなんてとんでもない!! すごく嬉しいです。ありがとうございます、提督」
ユリアンは強い語調でヤンの不安を否定した。その表情は喜んでいるというよりは、感動しているという表現が相応しいだろう。輝く視線がヤンと人口の銀河の間を何度も往復している。プレゼント自体ももちろん嬉しかった。だが、何よりヤンの様子から察するに相当悩んだことは容易に想像できる。彼がそれだけ自分のために悩んでくれたということが、嬉しくて仕方がなかったのだ。
 「お前にはいつも貰ってばかりだからね」
だからこそ、ホワイトデーにお返しという形ではなく、自分から何かプレゼントをしたいと前々から思っていたのだ。
 だが、いざプレゼントを選ぶとなると何を買っていいやらわからなかった。最初は料理道具と思ったのだが、必要なものは揃っているし、ああいうものは使い慣れたものがいいと聞く。本というのも考えたが、どうも自分の趣味を押し付けているようで釈然とせず、結局これに収まったわけだ。
 「そんなこと…気にしないでください。僕は提督のお側にいられるだけで、すごく感謝してるんです。だから、機会があればいつでもお礼がしたくて…」
「私だって、お前が側にいてくれるだけで感謝しているよ。だから、同じように機会があればお礼をしないとね。まぁ、私の場合どうもその機会を逃してしまいがちなんだが…」
ヤンはユリアンの言葉に同じように返してから、はぐらかすような自嘲と共に苦笑して頭を掻いた。ユリアンはそんなヤンの不器用さに愛おしさを感じずにはいられなかった。


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