ある休日の朝の攻防


 日曜の朝、青年はヤンの官舎の前でもう一度鏡を見直した。ほどよく乱れた鉄灰色の髪、身だしなみも彼のスタンスである伊達と酔狂のイメージに違わぬ程度には崩れている。それでもだらしなくならないのは、彼の持つ闊達なイメージのためか、それとも彼の崩し方のセンスの成せる業か。
 青年がインターホンのボタンを押すとしばしの間をおいて、若い少年の声が応えた。彼の意中の人の柔らかで温かな声ではない。その意中の人が休みの日の朝に起きているわけがなく、その被保護者の少年が応答するであろうことは、青年も重々承知の上だった。
「やぁ、坊や。俺だよ。ちょっと提督に用があってな」
「アッテンボロー提督。おわかりだと思いますが、ヤン提督なら、まだお休みですよ」
軽い調子の挨拶に、相手の少年もおかしそうな笑いを含んだ口調で返して来る。ただし、その双方口調とは裏腹の激しい感情を込めていることも、お互いに知っていた。
 「上がってお待ちになりますか? しばらく起きそうにありませんが」
「そうさせてもらうよ。何なら俺が起こすさ。士官学校時代はよくやってたんだ」
「そこまでお手数はおかけできませんよ」
少年が苦笑と共にボタンを押す動作がモニターから垣間見え、扉が開いた。
 「いらっしゃい、アッテンボロー提督。今、お茶を淹れますから座って待っててください。朝食はお済みですか?」
「いや、まだだけど…あとで外で取るから。そう気を遣わなくていいよ」
「アッテンボロー提督こそ、遠慮なさらないでください」
少年は会話しながら手際よく紅茶を淹れ、アッテンボローの前に置いた。アッテンボローは礼を言って受け取り、口をつける。
 「それじゃあ、僕は提督を起こしに行って来ます」
「ユリアン、お前さんまるでお母さんだな」
「嫌だなぁ、提督。この歳でお母さんはないですよ。せめて、奥さんって言って欲しいですね」
「あはは、エプロンが似合うわけだな」
アッテンボローの声を背中に受けて苦笑しながら、ユリアンはヤンの寝室に入って行った。
 「提督、起きてください。アッテンボロー提督がいらっしゃいましたよ」
「うーん…あと1時間…」
「提督っ…」
ユリアンはヤンに声をかけ、次いで軽く揺するがあまり強引に起こそうとはしない。いつもこんな起こし方だとすると、ヤンはよく仕事に毎朝仕事に間に合っているものだ。
 「もう…しょーがないなぁ…」
些か大袈裟な溜息と共に後ろを振り返ると、アッテンボローの姿があった。
「ユリアン、お前は先輩に甘すぎるんだ。そんな起こし方で、この人が起きるわけないだろう?」
「すみません。休みの日ですし、あんまり気持ちよく寝てらっしゃるので…どうにも強引に起こしにくくて」
「しょーがないな。俺がやるよ」
 アッテンボローはユリアンの前に出ると、ヤンの布団を掴み一気に引きはがした。ヤンの身体はベッドの上でコロコロと回転するが、すぐにそのまま丸くなって健やかな寝息を立て始める。
「先輩、起きてください!! 起きないとわかってるんでしょうね?」
アッテンボローの言葉にヤンの寝息がピタリと病んだ。だが、その身体は一向に動かない。アッテンボローはその変化に口の端を引き上げた。さらに、言葉を開こうと口を開けたところで、先にユリアンが口を開く。
 「提督、しばらく起きそうにありませんよ。とりあえず、朝ご飯を作りますから、できあがるまで寝かしておいてあげてください。あ、もちろんアッテンボロー提督も食べて行ってくださいね」
ヤンの小さな変化に気が付かなかったのか、そのまま寝室の扉を開いてアッテンボローに出るように促す。
「まったく、坊やは先輩に甘いな…」
アッテンボローは一瞬眉を顰めた気がしたが、苦笑しながら寝室から出て行った。


 結局、ヤンが目覚めたの昼前になってからだった。ヤンはアッテンボローに遅れて、ユリアンの作った朝食(時間的にはブランチだったが)を摂ってからやっと、アッテンボローとのデートに出掛けて行った。
 「提督〜、今夜はポトフを作る予定ですから、冷めないように少し早めに帰って来てくださいね」
出掛け際のユリアンの言葉に快く頷くヤンに、アッテンボローは本日の敗北を悟った。


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