| 2.突然の遭遇
クルーザーの上は平和だった。ヤンは甲板で潮風を浴びながら、ユリアンの淹れたアイスティーを飲んでる。お茶菓子はキャゼルヌ夫人特製のオレンジムースである。横でユリアンがシャルロットと並んでムースを食べているのを眺めながら、ヤンは大きな欠伸を漏らした。フレデリカがそれを嬉しそうに眺めている。
シェーンコップはといえば、見事にもくろみが外れ、むしろ運転する立場のためにヤンに接触できずに憮然としてクルーザーを運転している。
アッテンボローとポプランはムライを海に落とそうとしたのがバレて説教を受けていた。それをコーネフとキャゼルヌが苦笑と共に眺めている。
だが、平和は長くは続かなかった。ヤン達の乗っているクルーザーに見慣れぬクルーザーが近付いて来たのだ。
「アレは、帝国のクルーザーです」
記憶力に長けたフレデリカが、鋭い声でそう指摘する。
『停戦せよ、しからば攻撃す』
耳慣れたフレーズが双方から発せられるが、お互い大砲がついているわけでもない。武器と言えば護身用のライフルやブラスターぐらいのものである。
双方の船が相手の甲板が見えるぐらいの距離で並んで停止する。帝国側の甲板には豪奢な金髪の青年が乗っていた。見間違いようもない、かの黄金の獅子である。
「たっまげたぁ…まさかカイザーがお出ましとは…」
「まさか、海パン姿の皇帝を拝める日が来るとはな」
「男の水着なんぞ見ても楽しいわけがあるかっ。どうせなら皇帝の姉君に水着姿で出てきて欲しいもんだな」
いつものエースコンビの軽口を、ムライが睨み付ける。だが、この状況で軽口を叩けるだけのタフさは、流石はイレギュラーズだった。
「う〜ん、どうしたものかなぁ…」
「いっそこの場で白兵戦にでも持ち込みますかな? 小官が全員揃って海の藻屑にしてみせますが」
「物騒なことを言うものじゃないよ。だいたい、そう簡単にいくわけもないし…」
一方帝国側も、もちろんショックを受けていた。まさか、こんな所で偶然同盟軍の幕僚と出くわすとは思ってもいない。
「おい、どうする」
「一気に片を付けてしまおう!!」
「無茶を言うな猪。そう簡単にいくものか」
「誰が猪だと!?」
「やめろ、そんな場合じゃないだろう」
いきり立つビッテンフェルト、それに嫌味を浴びせるロイエンタール、そしていつもの如くミッターマイヤーが仲裁に入る。
「如何いたしますか? 陛下」
オーベルシュタインが冷静に問いかけるが、肝心のラインハルトはヤンの水着姿に釘付けになっていた。
「ヤ、ヤ、ヤ、ヤ、ヤンヤン!! 余と海の上で語らおう!!」
ラインハルトの叫びに、ヤンは頭を掻いた。これは一体どう返事を返せばいいものだろうか。
だが、例えヤン馬鹿でも彼は銀河帝国の皇帝である。この一言で、彼らは一時休戦ということで、共に休暇を過ごすことになった。
早速皇帝を筆頭に数人がヤン達のクルーザーへと移って来る。だが、当の言い出しっぺの皇帝はヤンの水着姿を間近で目にして鼻血を噴いて倒れてしまった。
「やっぱり日差し対策はきちんとしないと…」
ヤンの的はずれな言葉を耳に受けながら、ラインハルトは意識を失った。
「お久しぶりです、ヤン提督。再びお会いできて光栄です」
カイザーの退場を期に一気に抜け駆けに出たのはミュラーだった。ヤンとは旧知でもあり、自然に声をかける。しかも、さり気なく水着がヤンとお揃いである。
「おや、ミュラー提督。まさかこんな所でお会いできるとは…私も嬉しく思います」
サングラスを外して愛想よく笑うヤンを前に、ミュラーは頬を赤く染める。だが、ヤン艦隊の強者達がそれを黙って見ているわけもなく、早速邪魔が入り、帝国側もそれに参入、結局大勢でわいわいと騒いでいるような図になってしまう。
周囲が歓談している間に、オーベルシュタインとムライ、それにキャゼルヌが話し合って、休暇中の条約らしきものを固め、それにヤンと漸く目を覚ましたラインハルトが署名し、帝国側のキャンプがヤン達のキャンプの隣に移された。双方の兵士達が驚いたのは言うまでもない。
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