第五話 涼華 〜6〜


 泉が水鈴を爆風から庇いながら、その方向を睨み付けた。
「どうやら、まだ息の根があったらしいですね」
爆煙の中から現れたのは、先程水鈴と冷也が倒したはずの鬼族だった。
「俺は体の一部さえ無事なら傷が蘇生するようになっているんでな。残念だったな」
鬼族の言葉通り、鬼族の体の傷口がぼこぼこと泡を立てながら蘇生し続けている。
 「なら、その鬱陶しい体ごと消し去って…」
「待ちなさい!!」
立ち上がった泉を制止したのは、高らかな女性の声だった。振り向いた先にはいつの間にか涼華の姿があった。その立ち姿は、目の前の惨事や人外の化け物に怖じける様子もなく、威風堂々としている。
 「話は聞いていたわ。なら、その化け物をあんたの力を借りずに倒せたら、水鈴ちゃんはここに置いてもいいわよね?」
「水鈴君の力を頼っても無駄ですよ。彼の得意とする水の術では攻撃性に欠けます。蘇生能力を持った相手を一気に体事消滅させるような力はありません。それに…彼をこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいきませんから」
「じゃあ、水鈴君の力も借りないわ」
「無理ですよ。たとえ機関銃や戦車を持ち出しても、人間如きに倒せる相手じゃありません。核兵器でも出てくれば話は別ですが…」
「いらないわよ、あんな後遺症が残るような不完全品。いいから、こいつをあたしだけで倒せたら文句はないでしょ?」
「…無駄だと思いますがね。もし、倒せたら貴方の言い分を認めましょう。ただし、死んでも知りませんよ」
「余計なお世話よ。約束したわよ」
涼華はヒールを鳴らして、瓦礫の山の踏み越えて前に出た。
 「りょ、涼華!! 待つんだっ。そなたの手に負える相手では…」
「いいから、黙って見ててよ、水鈴ちゃん」
涼華は制止の言葉をかける水鈴に肩越しにウインクまでして余裕である。
 「お嬢さんが俺の相手だと!? 人間の分際で」
鬼族は不快そうに涼華を見つめると、その体に容赦なく光の矢を放った。だが、涼華の掌から生まれた黒い闇の矢が光の矢と衝突して、それを相殺する。
「「「「!!??」」」」
涼華以外の誰もがそれを驚愕の視線で見つめた。人間が術を使うことなど、本来あり得ないことだった。しかも、鬼族の術を相殺できるような強力な術を使ったのだ。
 だが、涼華はその驚きをのんきに受け止めてやるほど親切ではなかった。その隙に既に次の術を練り上げている。
「おっほほ。これで終わりよ!!」
涼華の掌から放たれた一抹の炎が、鬼族に触れ、一気にその体を包んで燃え上がる。耳障りな断末魔の叫びが響き、その体が全て灰になって消え失せるまで、炎は勢い衰えることなく燃え盛っていた。
 「どうかしら?」
炎が消え、鬼族の体の一部が残ってはいないかと灰を踏みつけながら涼華が勝ち誇った表情を泉に向けた。
「まさか…人間がっ。…約束は約束です。わかりました、水鈴君はこちらでお預かり頂きましょう。ただし、危ないと思ったらいつでも僕の所に引き取りますから」
泉は素直に頷いたが、表情に出さずとも涼華を見る視線には驚愕と敵意が込められている。
 「だが…涼華はどうして術が使えるんだ?」
水鈴が不思議そうに涼華の顔を見上げる。涼華の赤い唇が弧を描いた。
「それはね…カモン、マイ下僕!!」
「俺は下僕じゃねぇ!!」
涼華の声に応じて彼女の鞄から顔を出したのは、黒い羽を持った500mlのペットボトルほどのサイズの少年だった。体が小さいだけで、見た感じ歳は水鈴よりも上、冷也よりも少し下といったところだろう。黒い髪を頭の後ろで小さな尻尾のように束ね、異国の民族衣装のような衣服を身につけている。
 「もしや…そなたは魔族か?」
水鈴がそっとその姿を覗き込み問いかけた。
「あぁ」
「どうして、そのような姿に…」
「…それには聞くも涙語るも涙の事情があるんだ」
悪魔は吊り目気味の瞳に涙を浮かべながら、語り始めた。
 彼の名は、キリル。悪魔の下級兵士であったが、とある事情から罪人となり、力を封じる為に体を小さくされて牢に入れられていた。そこを脱走して、地上に来たのだと言う。
 だが、地上でキリルはあまりにも無力だった。魔力がなくなったわけではなかったが、小さな体では負担が大きすぎてほとんど術を行使できない。空を飛んだり小さな物を浮かせたりがせいぜいだった。それでも、何とか食べ物をこっそり盗んだり、ゴミ箱を漁ったりして食いつないでいた。
 涼華とは、野良猫に襲われて怪我をしているところを拾われたことが切っ掛けで世話になっていた。当初はキリルも美しい外見も相まって涼華が女神に見えたという。だが、ある日女神は突然魔女へと姿を変えたのだった。
 それは、キリルに天界からの追っ手が来た時のことであった。涼華はキリルの提案で彼を助けるためにキリルと契約し、キリルの魔力を自分の体を通して行使することにした。キリルとしては、まさか人間がそんなことをできるとは思わず、ほとんど駄目もとの提案だったのだが、涼華は易々とそれを成し遂げた。さらに、その後もキリルが教えた術を次々と覚えていく。結果として、キリルが何十年もかけて覚えてきた術をたった数ヶ月でほとんど使えるようになってしまう。
 だが、契約をしたためにキリルが涼華と離れられないとわかると、涼華の態度が豹変したのだ。本性を現したとも言う。つまり、それまで魔女は女神の仮面を被り虎視眈々とキリルの力を狙っていたということだ。そして、今ではほぼ下僕扱いだと言う。
 「お前も大変だったんだな…」
「わかってくれるんだな。そうなんだ…もう、俺、俺…」
冷也がしんみりとした様子でキリルの小さな肩を撫でた。二人は見えない絆で通じ合った。
「情けない悪魔がいるかと思えば、怖ろしい人間もいるものですね」
泉は半ば呆れて肩を竦めている。水鈴はといえばどう反応していいか分からず、困惑して涼華とキリルを見比べていた。
 「ま、そういわけだから。水鈴ちゃんはあたしに負かせておけば安全よ」
「仕方ありませんね」
泉は立ち上がると溜息をついて術を使った。珍しく詠唱に時間がかかっていたが、詠唱を終えると共に周囲の視界が光に覆われ、それが収まった時には…家が元通りになっていた。さっきまでほぼ全壊だった家が食器の一つすら割れておらず、鬼族が来る前の状態に戻されている。
 「泉、今のはまさか…!?」
水鈴が信じられないという目で泉を見やった。
「はい、時の術です」
「そなた、時の術が使えるのか?」
「えぇ、まぁ…」
水鈴が驚くのも無理はない。時の術とは、まさに限られた術者しか使えない非常に高度な術である。時の術は使えるのは各種族の王族レベルの魔力を持った術者だけである。そのために、そのレベルの術者は「王級」と呼ばれ特別視されている。同じように、剣でも「王級」が存在するが、これはまた別の基準である。ちなみに、水鈴の母も王級術士であった。父の方は王級の剣士だ。
 「やっぱり、すごいな、そなたは。ありがとう、私も家が壊れてしまって、冷也に済まないことをしてしまったと思っていたから…」
「いえ…貴方をボロボロの家に住まわすわけにはいきませんからね」
決して冷也や涼華のためではないと言外に強調する。冷也は不愉快そうにしながらも、形式的に泉に例を言った。
 「そうだ、泉。そなた、私に術を教えてはくれぬか? 私も少しでも自分で自分の身を守れるように、冷也や涼華に迷惑をかけずに済むように強くなりたいんだ」
水鈴は泉の手を握って彼の顔を見上げながら熱心に懇願する。泉が断れるはずもなかった。
「わかりました。それじゃあ、休みの日にでも僕の家で練習しましょうか」
冷也がその言葉に眉を顰めるが、自分が水鈴に術を教えてやれるわけではないので何も言えずに奥歯を噛みしめた。流石に涼華も水鈴に教えてやれるほどの器量はない。
 「じゃあ、僕はこの辺で失礼しますよ。また明日、学校で」
泉は先程とは打って変わってご機嫌で手を振ると、霞のように空間に消え去った。



BACK   TOP   NEXT


本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース