| 第三話 亀裂
「美輪先生とは、昔からの知り合いなんだ。知り合ったのは高校の時で、彼はすぐに英国に帰ってしまったから、それからはずっと手紙の遣り取りを続けてる。彼から僕と同じ学校に勤めるために帰国したという知らせが届いた時は驚いたよ。新しい先生が来るのは知っていたけど、まさか彼だとは思わなかったからね」
明らかに美輪先生のことが気になって仕方がないという様子の羽奈に、蒼志が落ち着いた声でそう話してくれた。だが、羽奈の心には不信が積もるばかりである。
蒼志と美輪先生の間にある空気は、ただの知り合いとはとても思えなかった。何か特別な関係があるように思えて仕方がない。
でも、蒼志はそれを話してはくれない。あるいは本当にただの知り合いなのかもしれないが、羽奈は蒼志のことを愛しすぎていて、そう思えるような余裕はなかった。
嫌われたくない、傍にいて欲しい、自分だけを見て欲しい、総てを知りたい。そういった蒼志に対する想いが羽奈の心の中に渦巻き、蒼志の言葉を信じる優しさを飲み込んでしまう。
「知り合い・・ですか」
「そう、知り合いだよ」
そんな言葉で誤魔化さないで欲しい。羽奈の瞳が語る。
これ以上聞かないで欲しい。蒼志の瞳はそう語っていた。
ふれあった二人の心の間に、小さな亀裂が入っていく。お互いにその痛みに耐えきれずに目線を逸らせた。
電子音の鐘が鳴り響く。校舎の空いた窓から漏れてくるそれの音は、くぐもって掠れていた。
二人はそれ以上口を開くことができないままに、立ち上がった。
時の鐘は無情にも、最も大切なときに二人を引き離したのだ。
心に空いた小さな穴から入り込む、風の冷たさを感じながら、二人は放課後までそれぞれの時間をただ、やり過ごした。
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