第九話 励まし


 羽奈達三人が孤児院に帰り着いたのは、夜も暮れて門限をとっくに過ぎた、午後十時のことだった。
 彼らは先生に見つからないように、そっと塀を乗り越え、三人揃って羽奈の部屋に窓から入る。
 この孤児院では、大体部屋は三人から五人で一つの部屋を共有する形をとるのだが、羽奈がここにやってきたときには、ちょうど人数に空きがなくて物置を片づけて部屋の代わりにすることになった。
 だから、羽奈の部屋は狭くはあるが一応一人部屋である。
 「あんな人だとは思わなかった。見損なったわ。ホント最っ低。羽奈をこんなに不安にさせて!!」
実咲が激しい口調で蒼志を批判する。今度ばかりは和也もそれを宥めようとはしなかった。
 彼女が弟のように可愛がっていた羽奈。最初に羽奈から担任の男の先生に惚れたという話を聞き出した時は、ショックだった。彼のためにも止めるべきだと思った。
 中学校時代の制服を引っ張り出してきて、わざわざ羽奈の学校を見に行ったりもした。そこで、幸せそうな羽奈を見て、蒼志の誠実で日溜まりのように暖かくて穏やかな人柄を知って。
 この人なら羽奈を任せてもいいと思った。たとえ男同士でも大切にしてくれるだろうと。彼になら羽奈を取られても・・・・と。それなのに・・・。  蒼志のあの行為は羽奈だけでなく実咲にとっても裏切りだった。
「明日、顔を見たらすぐに絶交を叩き付けてやるのよ」
実咲の唸り声に近い怒声に羽奈が弱々しく首を横に振る。
「そんなこと、できないよ。先生と離れるなんて・・・」
「あんた、あんなとこまで見て、まだあいつのことが・・・」
聞くまでもない。無駄な質問だ。羽奈の顔と今までの彼の蒼志に対する想いから、一目瞭然だ。実咲は無駄な質問を途中で止めて黙り込んだ。
 「馬鹿・・・・。じゃあ、取り戻して見せなさいよ。あの美輪とかいう先生から、あんたの恋人を」
羽奈は実咲の瞳をまっすぐに見つめて頷いた。
「うん。絶対。僕の方があの先生より魅力的になれば、先生だって僕を選んでくれるよね」
「・・・ったく、あんたって子は。あんな中年に負けるんじゃないわよ。あんたの魅力で津谷の浮気野郎をメロメロにして、別の男になびいたことを後悔させてやりなさい」
実咲の言葉に羽奈は力なく頷いた。正直自信などまったくない。自分よりも明らかに美輪先生の方が魅力的に思えたし、今から思うと今まで蒼志が自分を好きだと言ってくれたのも、校内で孤立していた自分への同情的な要素が強かったような気さえしてくる。
 だが、だからといってこのまま蒼志を諦めることなんてできなかった。縋り付いて、付きまとってでも彼の側にいたい。羽奈の中で既に蒼志は必要不可欠な存在だった。
 「ほら、話がついたところでさっさと寝るぞ」
和也が不機嫌そうにそう言ったが、これが羽奈に一人で考える時間を与えてやろうという、彼なりの気遣いだということを、羽奈も実咲もちゃんと知っていた。
 「じゃあ、おやすみ、羽奈」
実咲がそう言って部屋を出て行く。和也もそれに続いたが、肩越しに羽奈を振り返って一言。
「男があんまうじうじすんじゃねぇぞ」
羽奈は瞳に涙がにじむのを堪えたまま、笑って二人を見送った。
 次の朝、いつも通り学校に行った羽奈の枕は、ぐっしょりと濡れていた。


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