第十二話 過去


 「樹さんはね・・・私の初恋の人のお孫さんなんだ」
蒼志がほんの少し切なげな声でそう言った。
「・・・・お孫さん・・?」
羽奈の思考が固まる。確か美輪先生は蒼志よりも年上だったはずだ。その祖母、もしくは祖父となるとかなりの年齢になる。
 「私が高校の時に好きになった人でね、恋人・・だったんだ。ずいぶんと年齢が離れていたけれど、本当に愛していた。彼女も僕を愛してくれていたと思う」
蒼志の瞳が憂いを帯びる。羽奈は彼を見つめながら、黙って話を聞いていた。
「でも、彼女は僕よりずっと年上で、僕よりも早く亡くなるだろうことは、容易に想像できた。だけど、その時が早すぎたんだ。僕はまだそんな覚悟はできていなくて・・・何て言えばいいんだろうね、心が崩れたみたいな、そんな感じだった。悲しいのに全然実感がなくて、涙も出ないのに、心だけがどんどん崩れていって・・・」
語りながら、蒼志の表情がだんだん翳っていく。
 羽奈が蒼志の手を強く握りしめると、蒼志ははっとしたように羽奈の方を見て、大丈夫だと微笑んだ。
 「そんなときに、彼女の供養のために英国から帰国してきた樹さんに出会ったんだ。彼は彼女の唯一の肉親で、僕のことも手紙で知っていた。彼だって彼女が亡くなって悲しいはずなのに、僕を慰めてくれて、一緒にいてくれて・・・僕は少しずつだけど立ち直ることができたんだ。彼は僕を愛していると言った。僕はね、彼を愛していたわけじゃなかったけど、彼を拒絶することで傷つけるのが怖くて、彼の優しさや温もりを失うのが怖くて、彼の気持ちを受け入れたんだ。恋愛感情ではないけれど、好きではあったから。僕はそうやって彼に甘えてしまったんだ。でも、それは余計に彼を傷つけたと思う。彼はいいって言ってくれたけど、拒絶される方が辛いって」
 羽奈は美輪先生の気持ちがわかる気がした。羽奈だって、もし蒼志が同情で自分を想ってくれたとしても、傍にいてくれるならそれでいいと思うから。拒絶されるより、同情でも受け入れて欲しい。どんな形でも傍にいたい、そんな想い。
 「結局最後には、僕は彼女が忘れられずに、彼の想いを受け入れられなかった。彼は英国に帰って、それからずっと文通を続けていた。でも、この間うちの学校の先生として帰国するって手紙が来て・・。あとは君の知っている通りだよ。もう何年も経つのに、僕は未だに彼を拒絶できずに甘えてしまう。彼を見ると、つい彼女を思い出してしまうから余計に・・」
  話し終えた蒼志は、ゆっくりと息を吐いた。羽奈は気遣わしげに彼を見上げる。
 「先生・・僕、いいよ。貴方が傍にいてくれるなら、別に他の人と・・」
羽奈が言い終わる前に、蒼志はゆっくりと首を横に振った。
「ごめん・・。わかってたんだ、こんな中途半端じゃいけないって。君のことも、樹さんのことも傷つけてしまった。ちゃんと話すよ、樹さんに」
「無理・・・しないでくださいね?」
「うん、ありがとう」
蒼志が柔らかく微笑んで羽奈の髪を梳いた。羽奈は瞳を細めて、心地よさそうにそれを受け止める。
 「話、聞いてくれてありがとう。君に話したおかげで、決心が付いた。例え、樹さんを傷つけてしまっても、言わないといけないことだったんだ」
「僕でよかったら、何でも話して欲しいです。先生のこと、いっぱい知りたいから」
羽奈の言葉に頷いた蒼志は、いつもの、温かい春風の吹く、青い空を映していた。



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