第十三話 笑顔


 「君の方から誘ってくれるなんて、光栄だが・・・・あまりいい話ではないようだ」
放課後、蒼志に誰もいない国語科準備室に呼び出された樹は、部屋に入るなり深刻そうな顔の蒼志を見て苦笑した。
 「樹さん、単刀直入に言います。僕は貴方の気持ちに応えることができません。あの時のことは、忘れてください」
「あの時のことというのは、私が最後に君に言った言葉かい? そしてそれに、君が頷いたこと?」
「はい」
蒼志が決然と頷く。だが、その瞳には罪悪感がありありと見て取れた。
 「君が私の気持ちに応えられないのは、知っているよ。だけど、あの時の言葉を取り消す気はないし、君が頷いたことも忘れない」
樹が蒼志の肩に回そうと手を伸ばした。蒼志はそれを申し訳なさそうな顔で払いのける。樹が肩を竦めた。
 「急に改まってどうしたんだ?」
「恋人を・・・傷つけてしまいました」
「ああ、あの時私達を追いかけていた子供か。一番小さい子だろ、君の恋人は。私と君が口付けるのを見て固まっていた」
樹は羽奈達が見ていたことを知っていたらしい。
 その中の一人が屋上で蒼志と昼食を摂っていたことから、すぐに彼が蒼志の恋人だと予測できた。
 「知っていたんですか!? 知っていてあんなことを・・」
蒼志が驚きの中に非難を込めた声を上げる。蒼志の知る限りでは、樹はそういう陰険なまねをするような人間ではなかったはずだ。
「私は昔とは違うよ、蒼志。君を手に入れる為に手段を選ぶつもりはない。あれで喧嘩別れしてくれたら・・・と思ったのだが、甘かったみたいだね」
 「僕は、これ以上あの子を傷つけたくありません」
自分を睨み付ける蒼志を見やって、樹が嘲笑とも自嘲ともとれる笑みを浮かべた。
「蒼志、君のその子に対する思いは本当に恋愛感情なのか? 私の時と同じではないのか? 失いたくない、傷つけたくない、そういう想いで一緒にいるだけで愛してはいない。私にはそう思える」
蒼志は樹の言葉に戸惑うことなく、首を横に振った。同じ過ちを二度も繰り返さないように、ちゃんと考えて出した結論だ。
 「傷つけたくないのはもちろんですが、何より僕には羽奈が必要なんです。彼の笑顔や温もりが」
自信を持って言える。自分は羽奈を愛していると。
 「じゃあ、お祖母さんは? 君はもうあの人のことを忘れられたのか?」
蒼志は樹の問いに首を横に振った。
「いいえ。どれだけの時を経ても、彼女は僕の中で最愛の恋人です。忘れられるはずがありません」
「じゃあ、その子は?」
「羽奈も大事な恋人なんです。彼女の隣に並べても自信を持ってそう思えるぐらいに、僕は羽奈を愛している」
 彼が笑ってくれるたびに、胸の奥が温かくあるあの感覚。確かに覚えのあるものだった。昔、僕が彼女に感じた想い。確かに彼女と羽奈は全然違う。彼女は蒼志にとって大きくて温かく包み込んでくれる存在だった。羽奈は小さくて自分が包み込んで守りたい存在だ。
 だが、それでも確かに芽吹いた気持ちは同じなのだ。傍で笑ってくれるだけで、自分も笑顔でいられる、温かい存在。
 蒼志がゆっくりと瞳を細めた。穏やかで日溜まりを思わせるその笑顔が、自分ではなく彼の愛する二人だけに向けられていることに、樹は妬けつくような胸の痛みを覚えると同時に、奇妙な満足感を覚えた。
 昔、彼が一目見て欲しいと思ったあの笑顔が、今目の前にある。彼女が死んで以来、目にすることが出来なかった笑顔だ。例えそれが自分に向けられたものでないとしても、樹にとってそれは喜ぶべきことだった。
 ああ、見つけたんだ、とうとう見つけてしまったんだな。樹はそう悟った。
 「私が、お祖母さんがいたために入れなかった場所に、その子は入れたんだね。彼女を忘れなくても、愛することが出来る相手を、君は見つけたのか」
樹の切なさと嬉しさを綯い交ぜた複雑な声に、蒼志は頷いた。願わくば、その相手は自分でありたかったのだ。だが、その願いが叶うことはなかった。
 「もう、貴方に甘えたりしません。本当に、すみませんでした」
頭を下げる蒼志に、樹は闊達に笑って見せた。
「何度言わせるんだ、それも役得だから構わない・・と。それに、すみませんじゃないよ、君が言うべき言葉は」
「樹さん・・・ありがとうございます」
蒼志の言葉に、樹は温かい笑みを浮かべて彼の頭に大きな掌を置いた。
「おめでとう、蒼志」



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