三、薔薇との出会い


 子猫は促すように一声鳴くと、人一人通れるぐらいだけ開いている鉄製の門扉の隙間から、するりと屋敷の中に入っていった。
 僕は流石に余所の家に入るのが戸惑われて、その場で子猫の背中を見送るが、子猫は蒼志を振り返って僕を見つめ、再び啼き声をあげる。どうやら、僕が来るまで動くつもりはないらしかった。
 「ここが君の家?」
僕は子猫の吸い込まれそうな空の色の瞳に誘われるように、鉄製の門扉の向こうにそっと足を踏み入れた。
 子猫の後を追って屋敷の広い庭を奥へと進んで行くと、そこここに、花壇があって色とりどりの花が美しさを競うように咲き誇っている。とくに、目を奪うのは今が盛りとばかりに露に濡れた大輪の薔薇だった。色や種類は様々だが、どれも僕のような素人にさえ一目で愛情をかけて大切に育てられたことがわかる温かい色合いを見せている。
 花壇の間を通って庭を屋敷の方へと進んで行く子猫を追って足を進めると、木々の枝が作るアーチをくぐったところに白くて丸いテーブルとセットになった三脚の椅子が目に入る。椅子のうち1脚には、蒼志に背を向けてふっくらと柔らかそうな恰幅の良い後ろ姿が座っていた。既に白くなった髪が頭の後ろで結い上げられて綺麗に纏められている。スカートの裾がふんわりと膨らんだ、まるで童話にでも出てきそうな涼しげな水色のドレスから見るところ、明らかに女性だろう。
 子猫がその後ろ姿を呼ぶように可愛らしい声で一声鳴くと、ゆったりとした動作で彼女は振り返った。彼女の視線が僕へとぶつかり、彼女が軽く目を見開いた。
 僕はそこでやっと自分の立場を思い出す。僕は他人の家に無断で入っていたのだ。いくら猫に誘われたと言っても理由になるはずもなく、警察につき出されても文句は言えない。
 僕が戸惑った視線を向けた先で、彼女はまるで花のつぼみが綻ぶように微笑んだ。瞳だけでなく目尻の皺までが優しく細められ、薄い色の紅を引いた唇が言葉を紡ぐ。
「こんにちは。ここにお客さんが来るなんて久しぶりだわ。ソラが招待したのね」
胸が煩いぐらいにドキドキした。頬が熱くなって頭がくらくらする。まるで風邪でも引いたみたいだ。
 皺だらけなのに柔らかそうな手が子猫の喉を撫でたところを見ると、ソラというのは子猫の名前らしい。この子にぴったりのいい名だと思った。
 「さぁ、そこの開いている椅子にお座りになって。すぐ、お茶を淹れますからね」
僕が戸惑いながらも言われたとおり椅子に座ったのを確認して、彼女は席を立った。
 僕は彼女の後ろ姿をぼーっと見送ってから、不意に子猫の鳴き声に気付いてそちらを振り返る。子猫は素敵な悪戯に成功したような、そんな誇らしげな顔で僕を見ていた。
「本当にびっくりしたよ。でも、君の友人は凄く素敵な人だね」
顎の下を撫でてやると、子猫はゴロゴロと喉を鳴らす。僕は未だ煩く鼓動する胸の内と、一向に温度の下がりそうにない頬に戸惑いながらも、何か素敵なことが始まる予感に初めての遠足の前日のような高揚感を覚えていた。



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