六、野に咲く薔薇


 薔薇さんと出掛ける日の前日、僕はなかなか寝付けなかった。ベッドに寝転がり、頭の中で想像の彼女をエスコートすることを繰り返す。そうしているうちに、いつの間にか眠っていたらしく、目覚ましの音で目が覚めた。
 僕は余裕を持って起きていたのにもかかわらず、素早く準備を済ませて身だしなみや忘れ物を何度も確かめてから、予定よりずっと早く家を出た。薔薇さんの屋敷に向かう足取りが自然と弾むようになっていることに気付き、僕はできるだけ落ち着いて歩くよう心掛けた。
 薔薇さんの家のチャイムを鳴らしたのは、約束の時間よりずっと早かったのに、チャイムが鳴ってすぐ扉は開いた。中からはふわふわとした白いスカートとレースに飾られた白いブラウス、その上に薄手の桃色のカーディガンを羽織った薔薇さんの姿が現れた。この季節には少し温かそうだったが、彼女の愛らしい雰囲気にとてもよく合っている服装だと思った。
 「おはようございます」
「おはよう。随分と早くいらしたのね。でも、待ちくたびれてしまったわ」
薔薇さんはそう言って悪戯っぽく笑う。僕は遅くなりましたと笑い返すと、手を差し出して彼女の小さなバッグを受け取った。紳士ねと褒められて得意な気分になってもう片方の手で彼女の手を取る。ふくよかな白い手は、乾燥して皺だらけだったが、とても温かだった。
 僕が彼女を連れて来たのは、山の方にある植物園だった。ロープウェイで上がれば、特別労することもなく辿り着ける。植物園では、山の透明な空気の中で季節に合った花が色とりどりに咲き誇り、その美しさを競っていた。
 向日葵、河原撫子、百日紅、枝垂れ槐、睡蓮…沢山の種類の花を見た。どの花もそれぞれにしかない色と持ち味を持っており、違う感銘を僕らに与えてくれる。でも、僕の視線は花よりも花を眺める薔薇さんに引き寄せられてばかりだった。見る花によって、彼女の表情はころころ変わる。一見同じように穏やかな笑みを浮かべているのに、まるで花と強調するかのように、可愛らしくなったり、元気になったり、儚くなったりしていたように見えた。
 残念なことに薔薇はなくて、その時初めて、僕は薔薇が6月に咲く花だと知った。薔薇さんの家の庭の薔薇は特別だそうだ。彼女の庭では、ほとんど一年中薔薇が咲いているという。


 「お疲れじゃありませんか?」
帰り際、植物園の中にある喫茶店で、ハーブティーを飲みながら僕は薔薇さんに問いかけた。薔薇さんは首を横に振った。確かに少し動作が緩慢になってきたようには感じたが、その表情は明るかった。皺の寄った年老いた顔なのに、彼女の顔はまるで動物園に初めて行った少女の輝きを連想させられる。
 「今日はありがとう。とても楽しかったわ。空気も美味しかったし。外がこんなに楽しいなんて、随分と長い間忘れていたわ」
弾むような声は嗄れてすら少女のそれを錯覚してしまいそうだ。
「また、一緒に出掛けてくれますか?」
僕は彼女の顔を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。緊張して声が固くならなかったが心配だ。
「ええ、是非。嬉しいわ」
彼女はしっかりと頷いてくれた。その頬に僅かに朱が差していたように見えたのは夕日のせいだろうか。そして、僕の頬が熱いのも夕日の暑さのせいだと思った。



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