七、蕾綻ぶ


 終業式。1学期を終え、一年で最も長い休暇が学生達に訪れる。周囲は40日の大型休暇に浮かれていた。かく言う僕も、いつもならそう興味もないことなのだけれど、昼間から薔薇さんの所に行けると思うと自然と表情が緩んでしまう。母との関係に塞ぎ込むばかりだった少し前が嘘のようだと、僕は一人自嘲を浮かべた。
 ざわめく教室の中で、通知票が渡されて、僕らは開放された。別に成績に興味はないけれど、勉学に手を抜いたりはしていないからいつも通りそう悪くない数字が通知票に並んでいる。それをぼんやりと眺めながら片手間に帰る支度をしていると、横合いから声がかかった。
 「津谷、お前何か機嫌よさそうじゃね?」
顔を上げると中学の時からの級友が上半身を軽く屈めて立っていた。
「そうかな?」
首を傾げはしたものの、僕自身にも身に覚えがないわけじゃなかった。ただ、あまり他人に話したくはなかった。僕の心の中にそっと大事に置いておきたいと思ったのだ。
 「それにさ、お前元々顔立ち綺麗な方だけど、最近磨きがかかったっていうか、色気が出たっていうか…」
「男に使う表現じゃないだろう? 綺麗とか色気とかって」
「だって、間違っても格好いいとか逞しいって感じじゃないだろ、お前」
僕は自分の容姿を思い浮かべて溜息をついた。別に女性的とかそういうわけでもないが、確かに男らしいという言葉は当て嵌まらない。どちらかというと細面といえるだろう。逆に目の前の級友には、男らしいという言葉がぴったりと当て嵌まりそうだ。別に特別運動をしているわけでもなく、帰宅部でだらだらしてるくせに肩幅もがっしりとしてきているし、顔立ちもどことなく精悍だ。
 「で、何があったんだ? 恋でもしてんじゃないのか?」
問われた言葉に、僕は頬が熱くなるのを感じた。
「図星かよ」
級友が楽しそうに笑って僕の顔を覗き込んでいる。
 図星? 僕は級友の顔をぼんやりと眺めながら心の中で自問自答した。僕は薔薇さんに恋をしているのだろうか。そんなわけはない。相手は僕よりずっと年上だし…でも、とても可愛らしい女性だ。ちょっとした仕草がお茶目で魅力的だ。でも、大人の温かさも持っていて、僕を柔らかく包み込んでくれる。その可愛らしさを守りたいと思うし、その温かさに身を委ねたいとも思う。ただ、側にいたいという想いは確かだった。
 考えれば、考えるほど彼女への想いが溢れ出していく。それに伴って、胸が弾む音がうるさく頭の中に響いて、顔が熱くなっていく。最早考えるまでもなかった。僕は薔薇さんに恋をしているんだ…。
 級友が何やら冷やかしているが、僕の耳にはほとんど入ってこなかった。ただ、溢れていく彼女への想いに翻弄されていた。
 僕は級友とどうやって別れたのかさえ覚えていない状態で、いつものお茶会に向かった。通り慣れた道の先、いつもくぐる屋敷の門の前に立つ。いつもは、簡単にくぐるその門だが、今日は足を踏み出せない。
 どのくらいそうして逡巡していただろう。気が付くと、足下でソラの鳴き声が聞こえた。どうやら、なかなか入って来ない僕を迎えに来たらしい。快晴の空を写したような瞳が僕をまっすぐに見上げている。ソラは僕の先に立って歩くと、なかなか歩き出さない僕を振り返って見つめた。まるで、最初にこの屋敷に連れて来られた時のように。
 「僕の運命は、いつも君に引っ張って貰うみたいだね」
僕は苦笑すると可愛らしく揺れる尻尾を追いかけるように、足を踏み出した。



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