シェーンコップの場合


 翌日、どこからどう広まったのか、その噂はイゼルローンの主立った幹部達の知るところとなった。つまり、シェーンコップ、アッテンボローを筆頭にヤンを狙う狼たちである。当然、彼のプレゼントの行方は彼らにとって大いに関心の高いところであった。
 「閣下、今日が何の日かご存知ですかな?」
朝っぱらから真っ赤な薔薇の花束を持って司令官室に現れたシェーンコップは、ヤンのデスクに大きな手をついて身を乗り出しながら問いかけた。
「私だってそのぐらい知っているさ。バレンタインデーだろう?」
得意げに答えるヤンにシェーンコップは口の片端を上げる。
「と、昨日ミス・グリーンヒルが教えてくれたわけですな」
図星を指されてヤンは半ば不機嫌そうに頭を掻いた。
「どうして、そんなことを知っているんだ」
「いえ、ヤン提督がご自分でバレンタインデーを覚えていたわけがないと確信していただけですよ」
「…貴官は朝から早速プレゼントを貰ったみたいだね」
ヤンはシェーンコップの手にある薔薇の花束に視線を向けて話題を変えた。ややぎこちない話の逸らせ方だったが、シェーンコップはクスリと笑みを漏らしただけで、特に言及することなく話を続ける。
「いえ、コレは小官から閣下へのプレゼントですよ。受け取って頂けますかな?」
不意に差し出された薔薇の花束を前に、ヤンは目をパチクリさせた。
「だって…今日は女性が男性にプレゼントをする日じゃないのかい? 貴官はどう見ても女性には見えないけれど…」
「別に女性しかプレゼントをしてはいけないわけではありませんからな。小官は、機会があればいつでも閣下への好意を現すに吝かでないということです」
「は、はぁ…そいつは、どうも。でも、男の私に薔薇の花束というのもなぁ…」
曖昧に返事をしつつも、ヤンは差し出された花束を受け取った。帰ってユリアンに渡せば部屋に綺麗に飾ってくれるだろうと考えながら、デスクの端に貰ったばかりの花束をそっと置く。
 「ところで閣下、閣下も昨日バレンタインのプレゼントを買いにお出かけになったでしょう。どなたか、意中の人でもできたのですかな?」
「やれやれ、耳敏いね。一体どうして君がそんなことを知っているんだ…」
どうもこのイゼルローンにはヤンの知らない情報網が存在するらしく、彼の細事までが尽く部下達にしれ渡っているように思う。
「あれは…ちょっとね」
ヤンは照れたような仕草で頭を掻いた。それを見たシェーンコップが目を丸くする。だが、この様子ではヤンの買ったプレゼントが自分への物でないことは明らかだった。落胆すると共に、それで諦める彼でもなかった。
「小官には、閣下からのプレゼントは頂けないのですかな?」
問われた言葉にヤンは肩を竦める。
「休暇の申請なら私ではなく、ミス・グリーンヒルか、キャゼルヌ先輩にしてくれ。今日一日ぐらい都合してくれるんじゃないかな…」
ヤンの見当違いの返答にシェーンコップは目を細めると、ヤンの顎をごつごつとした指先で捉えた。シェーンコップの意図が掴めずに不思議そうに彼を見つめるヤン。その耳元にシェーンコップは唇を寄せた。
「小官はそんなものより…」
言いながら顎を捉えた指先が、そのままヤンの唇を撫でる。
「シェーンコップ…?」
戸惑いがちにシェーンコップを見上げるヤン。だが、室内の緊迫したあるいは甘い雰囲気は、心ない訪問者の手によって破られた。
 「失礼します。閣下、例の資料を…」
扉の開く音と共に高い声と軍靴の音をきびきびと響かせて入って来た副官は、目の前の光景に息を詰めた。厳しく眇められたヘイゼルの瞳がシェーンコップを捉える。シェーンコップはニヤリとその瞳を見返し、彼女の目の前でヤンの頬に唇を押し当てた。何をされたかすら、認識できずにヤンが頬に掌を当てて怪訝そうにシェーンコップを見上げる。シェーンコップは苦笑と共に肩を竦めると、体をデスクから離した。
 「さて、閣下からのプレゼントも頂いたことですし、小官はそろそろ失礼します。イゼルローン中のレディ達が愛の贈り物を携えて小官を待っておりますからな」
ヤンに向かって軽くウィンクすると、敬礼して踵を返す。フレデリカと擦れ違う一瞬に向けられた優越の表情に、フレデリカはきゅっと形の良い眉端を引き上げた。



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