アッテンボローの場合


 「せーんぱいっ」
司令部からの帰り、ヤンは聞き慣れた声をフレーズに振り返った。予想の通り後ろには、そばかすの浮かんだ顔に人なつっこい子犬のような笑みを浮かべた後輩が立っている。
「どうしたんだ、アッテンボロー?」
ヤンは気を許したように表情を柔らかにした。
「これを…バレンタインのプレゼントです」
渡されたのは赤いリボンを括られただけで、包みにすら包まれていないブランデーのボトルだった。流石と言うべきか、アッテンボローはヤンの好みを心得ている。
「お前なぁ、一応仕事中だぞ…」
などと真面目腐ったことを言いつつ、ヤンの手はしっかりと差し出されたボトルを握っていた。
「お酒に罪はないからね」
ヤンはそううそぶいて、ラインハルトからの贈り物であるコーヒーカップを入れていた紙袋にブランデーのボトルを仕舞い込んだ。紙袋はそれでもまだ充分な広さを持っていて、執務室に戻ればシェーンコップの薔薇の花束とフレデリカの手作りチョコもこの中に加わるのだろう。
 「ところで、先輩。先輩も誰かにプレゼントをあげたりするんですか?」
「やれやれ、お前の耳にも入っていたか」
ヤンは苦笑と共に頭を掻いた。どうも思ったより噂が広がっているらしい。
「誰か意中の人でもできたんですか?」
無邪気な風に問いかけるアッテンボローだが、その心中は無邪気とは程遠かった。
 「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、毎年貰ってばかりだから…たまには私からもしようかなと…」
照れたように語る姿は微笑ましく、可愛らしい。思わず鼻の下を伸ばし緩みそうになる表情を引き締めて、アッテンボローは不満そうに頬を膨らませた。
「俺も毎年先輩にプレゼントしてますけど…」
「あ、あぁ。そういえば…そうだったな。参ったなぁ…すまない、来年はお前にも…」
ヤンは想いも寄らなかったと瞳を見開き、困ったように頭を掻いた。この表情だけで、アッテンボローのちょっとした不満はすぐに霧散していった。第一、アッテンボローもヤンが鈍いことは承知の上だし、しっかりとした被保護者の支援の元、ヤンもホワイトデーには何かお返しをしてくれる。だが、やはりヤンからバレンタインのプレゼントを受け取る相手にはいささか妬けてしまう。
 「約束ですからね」
「あぁ。覚えていたらいいんだけど…。前日に言ってくれると助かるんだが…」
「それじゃあ、意味ないじゃないですか」
後輩に念を押されて曖昧に頷きながら、ヤンは来年もミス・グリーンヒルが知らせてくれればいいんだけど…と他人本位なことを考えていた。
 「ところで、先輩。この後、それで一杯如何です?」
立ち直りの早いアッテンボローは、先程ヤンに渡したブランデーの瓶を指さしヤンを誘った。プレゼントが自分へのものでないと判明したとしても、ヤンの心を傾けることに余念がない。
 だが、ヤンはすまないと首を横に振った。
「悪いが、今日はちょっと…ユリアンが今朝、夕食に私の好きなアイリッシュシチューを作ってくれると言っていたから」
色んな意味でしっかりとした被保護者は、朝のうちから彼の予定を抑えていたらしい。アッテンボローは次からは前日にと固く誓いながら、そうですかと残念そうに頷いた。
 「じゃ、明日にでも」
「あぁ、じゃあこいつはそれまで飲まずに取っておくよ」
ヤンはブランデーの入った紙袋を掲げて、それじゃあと手を振った。アッテンボローはすっかり機嫌を直して、手を振り返した。


BACK   TOP   NEXT


本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース