第一話 冷也 〜1〜


 「んっ・・・」
目を覚まして、最初に視界に入ったのは見覚えのない白い天井。寝起きでボンヤリしていた頭が一瞬にして冴え、水鈴は自らが人間界にいるのだと認識した。
 母は無事だろうか? 無事なはずはなかった。いくら母が強いと言っても、あれだけの数の敵に敵うとは思えない。
 水鈴は白い手を力一杯握り締めた。爪が食い込み、白い肌に朱がじわりと滲んでいく。
 零れそうな涙を流すまいと、上を向く。胸の奥に穴が空いたような気がした。


 不意に部屋の扉が開き、背の高い青年が部屋に入って来た。
 水鈴は急いで自らの額に手をやって術を唱える。これで言葉が通じるはずだ。
 青年は見たところ歳は二十歳前後。整った顔立ちをしているが、その焦茶色の瞳はどこか冷たい印象を与える。
 「起きたのか?」
かけられた声は、水鈴が予想していたよりもずっと温かい響きをもっていた。
 真っ直ぐに青年を見上げる水鈴に、青年は白いマグカップを差し出した。受け取り中を覗くと、そこには彼の見たことのない湯気を立たせた茶色い液体が入っている。
「これは・・?」
「ココアだ。飲むといい」
ここあ? それは水鈴の聞いたことのない言葉だった。飲めと言うからには飲み物、または薬か何かなのだろうが、抜かるんだ泥のように濁った茶色をしたそれは、進んで口に入れたい代物ではなかった。
 「甘い物は嫌いか?」
眉根を寄せた水鈴の表情をそう解釈したらしく、青年が訊ねる。
「これは・・・甘いのか?」
甘いと聞いて、水鈴は怪訝そうな表情をしつつも、それを恐る恐る口に運んだ。口中に甘い味が広がる。
「本当に甘いのだな。それに温かくて、美味しい」
水鈴は感心したような表情をすると、嬉しそうにココアをもう一度口に運んだ。どうやらお気に召したらしい。
 「ココアを飲んだことがなかったのか?」
青年の不審そうな問いに、水鈴は頷いた。
「私の住んでいた所にはない飲み物だ。だが、私はこの“ここあ”が気に入ったぞ」
そう言って笑う水鈴に、青年はそうかと短い返事を返しただけだった。
 水鈴は最後の一口を満足げに飲み干すと、青年の方に向き直る。
「私は水鈴という。そなたは?」
「冷也。氷月 冷也だ」
「えっと、名が冷也で、氷月というのは姓というものだな?」
水鈴達の世界では皆名前しか持たないが、人間界では姓という家柄を表すものを持つ習慣があると聞いたことがあった。
「ああ。そうだ」
妙なことを聞く水鈴に冷也は訝しげな顔をするが、水鈴は気にせず会話を続ける。
 「では冷也殿、少し訊ねたいのだが・・・」
「ちょっと、待て。その『冷也殿』というのは止めてくれ」
冷也はあまりに大層な呼び方に、思わず水鈴の言葉を遮った。
 最初から妙に古典的な話し方をするとは思っていたが、それにしても『冷也殿』は勘弁して欲しい。
 「では、何と呼べば?」
「冷也でいい」
「そうか。わかった。では冷也、ここはそなたの家か?」
「ああ」
「して、どうして私はそなたの家にいるのだ?」
「・・・それは俺が訊きたいんだが;」
「へ?」
水鈴の間の抜けた反応に、とりあえず冷也はここに至るまでの状況を説明することにした。それは今から約三時間ほど前のことだった。



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