第二話　学校　１

無料-出会い-花-キャッシング-アクセス解析

　　　第二話　学校　～１～

　水鈴がやって来た日の翌日は、ちょうど土曜日で、冷也はバイトも大学も行かなくてよかった。
　それでも朝寝坊などしたことのない彼はいつもと同じ時間に起き、まだ眠っている水鈴のために二人分の朝食を用意する。
　流石に一人暮らしをしているだけのことはあって、冷也の料理の腕前はなかなかだ。器用に半熟の目玉焼きを焼き、トーストとレタス、それにハムをこしらえる。
　自分には珈琲、水鈴には温めた牛乳を入れて準備を整えると、水鈴の様子を見に客用寝室へ向かった。
　冷也が部屋にはいると、水鈴の健やかな寝息が聞こえる。
　冷也はそっと水鈴の藍色の髪を指で梳いた。サラサラとした感覚が心地よい。
　「ん、・・・んぅ」
髪が頬に落ちる感覚で、水鈴はくすぐったそうに体を捩ってから、ゆっくりと瞳を開いた。蒼い瞳が窓から射し込む冬の陽光を受けて、まるで七つの海をすべて詰め込んだような鮮やかな蒼い虹彩を映し出す。
　「おはよう、冷也」
眠たそうに目を擦りながらの水鈴の挨拶に、冷也ははっと我に返った。
「すまない。起こしてしまったか？」
「いいや。そろそろ起きねばならぬ時間であろう？　ここの時間はわからぬが丁度お腹が空いてきたから」
少し悪戯っぽくそう言う水鈴に冷也は苦笑すると、朝食が出来ているから洗面と着替えを済ませたら出てくるようにと指示し、昨日の内に出しておいた冷也の子供の時の服を渡す。
　水鈴は嬉しそうに礼を言うと、顔を洗うために洗面所に向かった。
　物覚えの早い水鈴は、既に水道やトイレ、電気等の使い方は昨日の内に覚えてしまった。洗面も歯磨きも順調に済ます。唯一の失敗と言えば、洗面所でもお湯が使えることを知らずに、冬場の冷たい水に耐えて顔を洗ったことぐらいだろうか。
　トーストに目玉焼きとハムとレタスを乗せた、ごく標準的な朝食は、だが水鈴の目にはやはり珍しく映った。
　だが、既に冷也を信頼している彼は、まるでくじ引きでもするようにドキドキと心を躍らせてそれを口に運ぶ。サクッと小気味の良い音がしてトーストと目玉焼きとハムとレタスの一部が水鈴の口入った。
　彼の表情は感情に酷く正直だ。少し眉根を寄せ気味の表情からして、どうもあまりお口に合わなかったらしい。それでも黙々と食べる水鈴に苦笑を漏らすと、冷也はサッとそれを取り上げた。
　「いつもそれじゃあ困るが、今日はお前の好みを知っておきたいからな。これは俺が食べるから、お前には別のを食べてみて欲しい」
そう言って冷也が今度は、マーガリンと苺のジャムを塗ったトーストを用意する。
　今度は気に入ったらしく、嬉しそうに食べていた。どうやら甘い物が好きらしい。
　「ところで、お前、学校に行ってみないか？」
朝食を終え片付けも済ますと、冷也は水鈴にそう訊いた。
　今日のように大学やバイトが休みなら一緒にいられるが、平日はそうはいかない。だが、水鈴を一日中家に一人で留守番させておくのはかなり不安があった。
　何せ何も知らない世界だ。物覚えのいい彼なら普通の生活には困らないだろうが、何かあったときに対処しかねる部分もあるだろう。
　それに鬼族に狙われているということもある。
　人間界での知識をつけるということも含めて、学校に行かせてみてはと考えたのだ。
「学校というのは、集団で勉強するあの学校か？」
「ああ、その学校だ。お前なら中学校ぐらいじゃないのか？」
水鈴は目をキラキラと輝かせた。
　彼は王太子だったため、天界では学校に行かず家庭教師に学んでいたのだ。だが、水鈴は他の子供達と同じように学校で学んでみたいと、ずっと思っていた。意外な形ではあるがそれが叶うのだ。
「行く！！　行かせてくれ」
　勢いよく身を乗り出した水鈴に、冷也が多少退き気味で頷いた。
　学校に行くには、もろもろの書類が必要だ。幸い、冷也の父の知り合いに近所の公立中学の校長がいるので、ある程度の書類は誤魔化してもらうことができる。
　冷也はとりあえず、必要な書類をＦＡＸで送ってもらって、水鈴と共に記入を始めた。
「名字は氷月でいいな。あとは、学年だが、お前いくつだ？」
「今年１３になった」
「じゃあ、一年。性別はどうする？」
「私は男になるつもりだから、男がよいな」
「そうか。その角って、どうにかなるか？」
「ああ。任せてくれ」
水鈴は張り切ってそう言うと、口の中で術を唱えた。
　水鈴の角が跡形もなく消え去り、人間と同じような姿になる。ちなみに、性別もちゃんとついていた。もちろん男だ。
　「私の腕もなかなかであろう？」
えっへんと胸を張る水鈴の頭を、冷也はよしよしと撫でてやる。水鈴が嬉しそうに微笑んだ。