第三話 泉 〜1〜


 「氷月君」
放課後、連斗と小雪と共にいつものように帰宅しようと靴箱へ向かうと、急に後ろから声を掛けられた。
 掛けられた声は無機質で、抑揚と言うものを感じさせない。振り向いた先にいた少年の表情も声と同じに無機質だった。
 学年章は一年のものだが、水鈴だけでなく連斗と小雪にも見覚えのない顔だ。
 「神崎先生が、多目的室Vに来るようにって」
少年はそれだけ伝えると、スタスタと歩いて行ってしまう。
 水鈴は遅くなっては困るからと、連斗と小雪に先に帰るように言うと、二人に手を振って校舎の中に戻って行った。
 「そういえば、多目的室Vとは一体どこであろう?」
しばらく適当に歩いて、ふと自分が今までそんなマイナーな教室など見たこともないことに気付く。
 どうしたものかと迷っているところに、直ぐ前の国語科準備室から話し声が聞こえてきた。聞き覚えのある柔らかく穏やかな声に、水鈴は教室の戸を開ける。
 そこには案の定、国語科の津谷先生がいた。その隣には英語科の美輪 樹先生もいる。どうやら彼と話していたらしい。
 「どうしたんだい?」
津谷先生が柔らかく問いかけてくる。
「神崎先生に多目的室Vに呼ばれたのだが、場所がわからぬ。すまぬが教えてはくれぬか?」
そう問うた水鈴に、津谷先生は穏やかに微笑んで丁寧に道を説明してくれた。
 津谷先生に礼を述べた水鈴は、神崎先生を待たせてはいけないと走って多目的室Vに向かう。
「廊下は走っちゃいけないんだけどなぁ」
そう言って苦笑する津谷先生の声は水鈴の耳に届かず、隣にいた美輪先生の笑いを誘っただけだった。
 「失礼する」
多目的室Vにたどり着いた水鈴は礼儀正しく戸を二回ノックしたあと、そっと部屋へ足を踏み入れる。部屋の中は灯りもついておらず部屋を間違えたかと思ったが、ドアの横の札には微妙な丸字で『多目的室V』と記されていた。ちなみに火元責任者は英語科の美輪先生らしい。
 水鈴がとりあえずしばらく部屋で待つことにして灯りのスイッチに手を伸ばしたとき、後ろでガラガラピシャンっという最近聞き慣れた教室の戸を閉めたとき特有の音がした。
 「神崎先生?」
部屋の灯りをつけて辺りを見回すが、教室の中には自分以外誰もいない。水鈴は嫌な予感がして先程閉まった戸に手をかけたが、鍵が掛かっているわけでもないのにビクともしなかった。
 どういうことだろう? まさか神崎先生が自分を閉じこめたのだろうか? それとも先程の少年に嵌められたということか?
 思考を巡らせていた水鈴だが、不意に何かを感じて飛び退いた。一瞬まで彼がいた場所を蒼い光の矢が射抜き、そこにあった机に深々と突き刺さったかと思うと、その机が灰となって崩れ落ちる。
 水鈴の背中をヒヤリとした緊張が駆け抜けた。
 必死に冷静さを保ち、感覚を研ぎ澄ます。
「そこだっ!!」
水鈴は相手の居場所を感じ取ると同時にその方向に、手近にあったチョークを投げつけた。何もないはずの空間にチョークがぶつかり床に落ちる。
 底冷えのする低い笑い声が狭い教室に響き渡り、一人の男が姿を現した。
 がたいのいい筋肉質な体に無精髭を蓄えた顔は、一見ごく普通中年の男性のように見えるが、その瞳に宿す冷たい光と、先の尖った長い耳が彼の正体を如実に物語っている。
 「鬼族っ・・」
水鈴達竜族の宿敵であり、彼と両親を襲った種族。
 先程の呼び出しはこの鬼族の差し金だったらしい。まんまと騙され誘い出されてしまったわけだ。
 奥歯を噛み締める水鈴を、鬼族が嘲笑う。
「人間界で騒ぎを起こすと、多少不都合が生じるのでな。こうして二人きりでゆるりとできる所までお越しいただいたわけだよ、王太子殿下」
「そなたら鬼族が、何故人界で騒ぎを起こすことを厭う? 人間を恐れるわけでもないであろうに」
水鈴が顔に似合わぬ気丈な口調で問い質す。だが鬼族は一層嘲笑を深くしただけで、何も答えなかった。
「貴様の知る必要のないことだ」
 水鈴に向かって、先程の光の矢が放たれる。水鈴は前面に水の防御壁を作り上げそれを防いだ。
 「ほぅ。流石は竜族の王太子と言うべきか。まだ十五にも満たない身で術を扱い、我が術を防ぐとは」
天界において、術というのは普通十五歳になって初めて教わるものである。これはどの種族でも同じことだが別に規則があるわけではない。ただ、一般的に十五に満たない子供は術を教えても使うことができないのである。十五に満たない年齢で術を使えるのは、一部の才に恵まれた者だけだ。
 「だが、いつまで持つかな」
余裕の笑みで鬼族は次々と光の矢を放ってくる。水鈴の築いた防壁が膨大な力に軋みをあげた。
 いくら才に恵まれているとは言っても、まだ幼い水鈴の力では、耐えきれなくなるのも時間の問題だ。攻勢に転じようにも水鈴は攻撃的な術を殆ど使えない。
 五発目の光の矢で、水の防壁が音を立てて砕け散った。水の雫が床に落ちる音が、不吉な響きをもって水鈴の耳に届く。
 「これで終わりだ」
残忍な宣告と共に、鬼族の手から光の矢が放たれる。水鈴は覚悟を決めて瞳を閉じた。



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