第三話 泉 〜3〜


 「お家はお留守でしたので、留守番電話に入れておきました。これで大丈夫です」
車を運転しながら携帯で電話をかけていた神崎先生が、助手席の水鈴を振り返る。既に諦めモードで助手席に座っていた水鈴は、彼の言葉に素直に頷いた。
 神崎先生の家は車で約二十分程のところにあったが、学校を出る頃には既に日が暮れかけていたので、ついた頃にはすでに空が暗くなっていた。
 連れてこられた神崎先生の家はごく普通のマンションの一室だったが、水鈴はすごく気に入った。彼の部屋は三十階建ての最上階で、窓からは宝石箱をひっくり返したような夜景が見えたのだ。
 「そろそろ部屋に入ってください。風邪をひいたら大変ですしね。それに、お話もしないといけないでしょう?」
ベランダの格子に手をついて伸び上がって、飽くことなく夜景を見つめていた水鈴だが、神崎先生にそう言われ、大人しく部屋に入った。
 神崎先生と向かい合ってソファに座った水鈴は、彼の淹れてくれた紅茶を一口飲んで、彼の紫の瞳をじっと見つめる。無言の問いかけに神崎先生は口元で短く術を唱えた。
 途端、彼の体に変化が生じた。魔力が溢れ出し、気配先程の魔族など比べモノにならない威圧感を帯びる。そして銀色の髪の間からは、先の尖った長い耳が飛び出していた。
 「鬼族っ!!」
長い耳は紛れもない鬼族の証である。水鈴は立ち上がり直ぐに身構えた。
 自分の力量で彼に敵うとは到底思えなかったが、それでも闘わずに降参などする気は微塵もない。
 「そう、身構えないでください。別に僕は貴方に危害を加えるつもりはありませんよ」
諭すようにそう言う神崎先生からは、殺気の欠片も感じられず、水鈴はまだ少し警戒しつつももう一度ソファに腰掛ける。
「何故、私を助けたのだ?」
「貴方が大好きだからですよ」
鬼族に似合わぬ満面の笑顔でそう言われて水鈴は思わず固まった。
 その間に神崎先生は水鈴の座っているソファに移動して彼の隣に腰掛けると、その小さな体をぎゅっと抱きしめる。水鈴は僅かに体を強張らせたが、その手を振り払おうとはしなかった。
 「僕は鬼族を裏切ったんです。貴方を護りたかったから。僕を信じていただけませんか?」
神崎先生の紫の瞳が真摯な光を宿し、水鈴の蒼い瞳と視線を交わらせる。
 水鈴は彼の腕の微かな震えに気付いていた。
「わかったそなたを信じよう。改めて礼を言わせて欲しい。助けてくれてありがとう」
水鈴はそう言って、神崎先生の体をそっと抱きしめ返した。途端、彼の腕から微かな震えが消え、その唇からは安堵の息が漏れる。
 「ところで、そなたは平気なのか? 鬼族というのは別段仲間意識もないくせに、裏切りに対しての報復は恐ろしいと聞き及ぶぞ」
心配してくれる水鈴に、神崎先生はにっこりと笑って見せた。
「大丈夫ですよ。僕は強いですから。それに、貴方を護る為ならそんなことは何でもありません」
「そうか。ありがとう。私もそなたが好きだぞ。今までももちろん好きだったが、今はもっと好きになった」
そう言って嬉しそうに笑う水鈴に、神崎先生は複雑な表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻り礼を言った。
 「ところで僕のことは泉と呼んでください。神崎というのは僕の名字ではありませんから」
天界の者に名字はない。おそらく人間界で戸籍をでっち上げる時に適当に付けた名字なのだろう。
「わかった。私のことも水鈴と呼んでくれ。氷月という名字は私を拾ってくれた者から借りたものだから」
「はい、水鈴君」
泉は噛み締めるようにその名を呼んだ。あの時からずっと呼びたかったその名を。



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