第三話 泉 〜4〜


 「泉、そなたは私と同じ時期に人間界に来たのであったな?」
「はい。貴方が人間界に来たのを知って追い掛けましたから、正確には貴方より二時間後になりますが」
「そうか、なのに、どうしてそんなに人間界の学問に通じておるのだ?」
 目の前に広げられた社会の宿題プリントに書き込みをしながら、水鈴が問う。
 担当学科の数学だけでなく他の教科でも充分な知識を持ち、今も水鈴の宿題を見てくれている泉だが彼も水鈴と同じ天界で生まれ育ったのだから、数学ならともかく、社会などできるはずもないのだ。
 「大人の都合というやつですよ」
そう言って泉はにっこりと笑う。水鈴は少し不満そうだったが、黙って再び社会の宿題に意識を移した。
 泉はそんな水鈴の様子にほっと息をついたのだった。


 急に水鈴の前に現れても警戒されるだけだと考えていた泉は、まず人間の教師として彼に近づくことにした。
 だが、教員免許はうまく偽造できるとしても、その他に人間としての知識と、教師の空席が必要だった。そこで一石二鳥の手段として、ある教師の記憶を術を使って自らの中に取り込んだのだ。
 そのある教師というのが、水鈴のクラスの以前の担任である。彼は急病で入院したということだが、その急病というのは重度で特殊な記憶喪失だった。 普通、記憶喪失というのは自分のことは覚えていなくても、生活に関する知識とか今まで勉強してきたこと等は覚えているものだ。だが、彼の場合はまったくの逆で、自分に関することは覚えているのだが、生活に関する知識や、今までに勉強してきたことをすべて忘れていたのである。まるで赤ん坊のように一般的な常識や知識が欠落している状態になっている彼に、医者も頭を抱えていた。
 それはすべて泉が彼のそういった記憶だけを取り込んだからである。
 彼は鬼族だ。人間などどうなってもいい。手段など選ぶつもりは毛頭無かった。 だが、それを水鈴に知られると、せっかく得られた信頼を失うかも知れない。人間だろうと天界の者だろうと、他の者にはどう思われようと構わなかったが、水鈴にだけは嫌われたくはないのだ。


 「おや、もうこんな時間になってしまいましたね」
泉が不意に丸い掛け時計を見上げてそう言った。時計の短針は既に八を指している。
「もう遅いですし、お家の方には僕の方から連絡をしますので、泊まって行ってください。夕食もご馳走しましょう」
「ああ、ありがとう。お言葉に甘えさせてもらう」
水鈴が嬉しそうに眼を細める。久しぶりに天界の人間とまともに話せたこともあり、彼ももう少し泉と共にいたかった。
 泉の方も水鈴の様子に機嫌良く電話をかけに行く。水鈴はその背中を見送ると再び宿題のプリントに向かい合った。
 しばらくして、水鈴は泉に呼ばれた。冷也が電話を水鈴に替わって欲しいと言っている旨を泉に伝えられ、受話器を受け取ると、すぐさま冷也の心配そうな声が聞こえてきた。
「大丈夫か? 何もされてないか?」
訳がわからず水鈴は首を傾げる。
「何って、担任の先生に勉強を教えてもらっているだけだが・・」
水鈴は、鬼族に襲われたことや泉の正体などを冷也に伝える気はなかった。要らぬ心配をかけたくなかったし、何より話すことでより深く巻き込んでしまうような気がしたからだ。
 「悪い。ほら、お前って狙われてるだろ? その担任の先生が鬼族とかいうので、お前のこと騙して連れてきて・・とかそういうことを考えてしまったんだ」
「そ、そんなわけないではないか・・・」
当たらずしも遠からずな冷也の言葉に水鈴は何とか誤魔化すものの、その表情は酷いものだ。電話じゃなかったら、何かを隠していることが一目瞭然だっただろう。
「悪かったな、変な心配して」
何となくぶっきらぼうにそう言う冷也に、水鈴は相手から見えないにも関わらず、電話口で頭を左右に振る。
「いいや。心配してくれるということは、私を大切に思ってくれているということだから、嬉しい。ありがとう」
水鈴のストレートな言葉に冷也は電話口で顔を赤くするが、これもまた水鈴には見えない。
 「先生にあまり迷惑をかけないようにな。困ったことがあったら夜中でも何でも電話するんだぞ」
「ああ、わかった」
すっかり保護者が板に付いた冷也の言葉に水鈴は電話口で思いっきり頷く。
 「じゃあ、一度先生にかわってくれ」
冷也の言葉で受話器が水鈴の手から泉に移り、泉は冷也と二、三言事務的な会話をすると、受話器を置いた。



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