第四話 焼き餅 〜4〜


 「お前ってさ、結構神崎と仲いいってか、よく一緒にいるよな」
連斗が何とも言えない、どちらかというと悪い方に取れる複雑な表情で水鈴に話しかけてきたのは、その日の昼休み、小雪と三人で昼食を取っている時だった。
「ああ、すごく優しくていい先生だ。私が外国から来て不慣れなので、よく気遣ってくれる」
水鈴は連斗の表情を訝りつつ、きっぱりとそう答える。彼にとって泉はまさに頼りになるいい先生そのものだった。
 「うそでしょ!? “あの”神崎先生が、いい先生?」
小雪がありえないといった様子で聞き返してくる。連斗の方も水鈴の言葉に驚いているらしく、見開かれた瞳がまっすぐに水鈴に向けられていた。
 そんな二人の様子に、水鈴の方も驚きを隠せない。
 「嘘ではない。事実私が感じたことだ。なぜそう驚くのだ?」
ついきつくなりそうな口調を抑えてそう問うたが、表情は抑えきれなかったらしく、眉間に少し皺が寄る。
「なぜって、神崎っていったら顔と愛想がいいから気付かないやつも多いけど、すっげえ嫌なやつだって評判高いぜ。あいつに関する噂から、女子の黄色い声をとったらあとは文句しか残らねぇって」
連斗の何か汚いものを語るような嫌悪の籠もった口調が、水鈴の神経を刺激する。
「ただの噂であろう? その者をよく知りもせぬのに、噂で他人を誹謗するのは感心せぬぞ」
水鈴は今度は口調を抑えることなくそう言った。
「ただの噂じゃないわよ。私ね、一昨日神崎先生に数学の質問に言ったの。そしたら一応教えてくれたんだけど、何か面倒臭そうですごく感じ悪くて・・・」
「だが、教えてはくれたのだろう? なら良いではないか。面倒臭そうと言ってもそなたの気のせいかもしれぬ。もしかしたら急ぎの用でもあって、焦っていただけということも有り得ることであろう?」
小雪の言葉を遮って、水鈴が口を挟む。
 普段の水鈴はそんなことはしないのだが、大事な友人にやはり同じように大事な人物の悪口を言われて気分がささくれ立っているらしかった。
 「最後まで聞いて」
小雪の抗議に水鈴は自らの非礼を短く詫びると、先を促した。
 小雪の話では、一応教えてくれたのはくれたのだが、余りにも味もそっけもない教科書をそのまま読んだような説明で、小雪はなかなか理解できなかったらしい。
 そんな小雪に対して泉は呆れたような視線を向けると、いかにも煩わしそうに一言。
「これ以上の説明は馬の耳に念仏です。あとは教科書でも見て自分でやってください」
 小雪はショックで反論や批判の言葉も口に出来ぬまま、短く挨拶だけして走って帰ったそうだ。
 水鈴は小雪の話を聞いて絶句した。
 泉がそんなことを言うなんて信じられないことだ。水鈴には、すごく丁寧に勉強を教えてくれたし、そんなきつい言い方をしたことは一度もなかった。
 だからといって、小雪が水鈴よりも物分かりが悪くて泉を苛立たせたとも考えがたい。水鈴よりも小雪の方が余程勉強ができるということは、火を見るより明らかだ。もちろんいつかは追いつくつもりだが、今のところ差は歴然としている。
 「俺もさ、この間見たぜ」
黙り込む水鈴に、さらに連斗が言い募る。
「三年の春日ってちょっと変な先輩がいるだろ?」
「ああ、あの授業中も絵ばっか書いてるっていう先輩ね。最近は真面目に勉強してるらしいけど」
その先輩のことは水鈴も知っていた。津谷先生とよく一緒にいるのを見かける先輩だ。
「その先輩のクラスの自習に神崎が行って数学のプリントやらせてたらしいんだけど・・・」
 連斗の話では、その春日先輩が神崎に家でやるからと、配られたプリントと同じものを余分にくれるように頼んだらしい。ところが
「紙の無駄です。今更してもどうせ無駄でしょうから、諦めた方が懸命ですよ」
と冷たくあしらわれたという。
 そのことで後日、津谷先生ともめた所も連斗は目撃したらしいが、何でも泉の意見は
「今までちゃんと勉強していなかったくせに、余分に物を貰おうとか、授業以外で教えて貰おうというのは、虫がよすぎます。それではちゃんと最初から真面目に勉強していた生徒に対して、不公平でしょう?」
ということだ。それに対する津谷先生の意見はこうだった。
「最初から真面目に勉強していた生徒にはもちろん、ちゃんと協力するべきでしょうが、だからといって前は真面目にやっていなくても、今から頑張っている生徒に協力してはいけないということにはならないと思います。それで真面目にやっている生徒を蔑ろにするようなことがあっては、不公平ですが」
 正直なところ、水鈴も津谷先生の方の意見に賛成だ。津谷先生の考え方の方が、生徒という一人一人違う集団に物を教える教師としては正しいと思う。
 連斗の話が本当なら、泉の考え方は酷く突き放した冷たいもののように思えた。
 ちなみに結局その場は美輪先生が間に入って津谷先生の味方をしたせいで、泉の方が会話を一方的に打ち切ったらしい。
 「まぁ、津谷と美輪っていうと、仲いいから身内贔屓って感じもするけど、俺も津谷の意見の方が正しいと思うぜ」
「賛成。っていうか、私は真面目にやってたけど、ちゃんと教えてくれなかったくせに。絶対余分に刷ってくるのが面倒だっただけに決まってるわよ」
小雪の台詞は辛辣だが、水鈴は反論の材料を持たなかった。
 連斗にしても小雪にしても、無闇に他人を批判するようなことはないし、まして嘘などつく筈もない。
 だからといって、水鈴にはどうしても泉がそんな酷い人物のようには思えなかった。
 その後も、泉に関する嫌な噂を山ほど聞かされ、水鈴はもやもやとした疑心を抱えて心に鉛が沈んだような状態のまま、その日の昼食を終えたのだった。



BACK   TOP   NEXT


本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース