第四話 焼き餅 〜8〜


 程なくして帰宅用意を整えた泉が水鈴の元に来て、泉の車で彼の自宅へと一緒に帰還する。冷也への連絡は、彼の携帯を借りて車での移動中に行った。冷也はあまり泉の所に行くのをよく思っていないようだったが、それでも水鈴が頼めば一応は許してくれた。
 泉の家に着くが早いか、水鈴は連斗と小雪から聞いたこと、そして水鈴が感じた複雑な想いを洗いざらい泉に話し、事実かどうかを問い糾した。泉は少し驚いたような表情を見せて、それから言いにくそうに口を開いた。
 「すみません・・・。君を傷つけるつもりはなかったのですが、事実です」
泉の言葉に水鈴が目を見開く。
「何故、そのようなことを・・!? 小雪はそなたを苛立たせる程に物分かりが悪いとは、とても私には思えない」
水鈴もつい口調を荒くしてしまう。当然だった。小雪は水鈴にとって大事な友人だ。理不尽な理由で傷つけられては、例え相手が泉でも黙ってはいられない。
 泉は心底反省せいている様子で、目を伏せている。
「やきもちをやいてしまったんです。彼女が、君と仲がいいので・・。それで必要以上に、冷たく接してしまいました」
まるで親に叱られた子供のように、決まり悪そうに口にした泉の言葉は、水鈴には理解できなかった。
「焼き餅? 餅を焼いてどうするのだ・・??」
見当はずれの問いに泉が思わず顔を上げる。
 「ええっと・・。わかりやすい方がいいと思ってそう言ったのですが・・。嫉妬してしまったということです」
「嫉妬・・・? どうしてだ? 小雪には悪いが才覚的に小雪よりそなたの方が優れている。そなたが嫉妬するべきはなにもないのではないか?」
水鈴にとって、嫉妬というのは痴情の縺れで起こるそれではなく、才覚ある者に対する羨望によって起こるものでしかない。
 一応泉が噛み砕いて説明してくれたが、王宮育ちで人間関係においての経験の薄い彼には、自分の好きな人が他の人と仲が良いことを不愉快に思う感情は、理解できないものだった。
 泉にしても、水鈴を不快にさせたくないと思っているらしく、そうそう直接的なことを言うわけにはいかない。水鈴が友人と仲が良いのが不愉快だ等と言ってしまえば、当然水鈴は気を悪くするだろう。
 「よくはわからぬが、それで小雪を傷つけるのはよくないと思う」
「はい、君の友人を傷つけてしまったことはお詫びします。以後は気をつけます」
泉は殊勝にそう言ったが、水鈴はその言葉に眉を顰めた。
 「私の友人だけではないぞ。他の人でも、そういうことをしてはいけない」
「何故です?」
そう聞き返されて、水鈴は言葉を失った。
 「何故って・・・」
「僕は君のことは好きですし、大事です。ですから、君を傷つけることをしてしまうのはいけないと思っています。ですが、君に関係のない者であれば別に君は傷付かないでしょう? 僕は君以外の者など傷付こうが、悲しもうが知ったことではありません」
冷淡に突き放すような泉の物言いに、水鈴は言葉に詰まる。
 典型的な鬼族の物言いだ。自分以外は、自分の利益になる者以外は、別にどうでもいいのだ。泉の場合は少し違う要素も入っているが、他人に対する慈悲や慈愛の精神が薄いという意味では、それに近い。
 だが、水鈴はそれを否定する要素を持たなかった。他人を傷つけてはいけない。それは確かだと思うが、理由を訊かれると確たる理由が思いつかなかった。彼にとって当たり前すぎて、逆に理由を言葉にするのが困難なのだ。  例えば手の動かし方を聞かれて、具体的に説明できるだろうか?
 手など普通は動かそうと思えば勝手に動く。理論的に説明をすれば、脳から命令を出してそれが神経を通って筋肉に伝わり・・・ということになるのだが、それを意識してやっている者などいないし、説明された側もまったく実感など湧かないだろう。
 それと同じような感覚だった。
 水鈴は困り果てて泉を見上げると、自分の思っていることを、とにかくぽつぽつと語り始めた。
「そなたに、他人を傷つけて欲しくないんだ・・。何故と訊かれると、あまりしっかりと答えれないのだが・・。他人を傷つけることは、あまりよいことではないし、それに、他人を傷つけることでそなたが嫌われるのは、私にとって辛いことだ。そなたが私を大事に思ってくれるように、私にとってもそなたは大事だ。だから、そなたが他人に憎まれたり、嫌われたりするのは嫌なんだ。そなたがそれでよいとしても、私は嫌だ・・」
どうにも、自分の考えが上手く言葉にできず、水鈴は口ごもった。ただ、想いを瞳に込めて泉を見上げる。
 「・・・すみません、僕にはよくわかりません。ですが、君が傷付くなら、嫌だと言うなら、僕はもうそんなことはしないと誓います。それではいけませんか?」
つまるところ、理論的には納得ができないが水鈴が嫌なら無条件で止めるということだ。それでいいはずがないのだが、水鈴には泉に他人を傷つけることが何故いけないかを説くには、経験や表現能力が足りなかった。
 当面のところはそれで妥協するしかない。妥協どころか、もしかしたら自分の方が間違っているのではないかという疑問に駆られて、水鈴は寒気を覚えた。
「わかった。私の考えを押しつけるような形になってしまってすまないが、そうしてくれると嬉しい」
水鈴の困ったような声での返事に、泉がにっこりと微笑んで頷いた。
 あまりに邪気のない笑みに、水鈴はすっかり毒気を抜かれてしまったのだった。



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