| 第四話 焼き餅 〜9〜
その日も泉は夕食を勧めてくれたが、冷也が待っているということで、水鈴は断って帰ることする。
泉は渋りながらも水鈴のまた別の日にという約束に納得し、送り出してくれた。
「送って行きますよ」
泉が車のキーを片手に水鈴と共に玄関から外に出る。水鈴は断ろうとしたのだが、泉に道がわかるのかと指摘されて甘えることにした。
毎回泉の車で来ているため、水鈴にはこの家の場所が分からない。移動するための術もあるにはあるし、泉にしても術で送り出すぐらい造作もないはずなのだが、少しでも一緒にいたいのだと言われて、水鈴は嬉しそうに頷いた。
泉の赤い車が冷也の家の玄関に留められると、部屋の窓から外を見ていたらしい冷也がすぐに外に出てきた。
「冷也・・。遅くなってしまってすまない。心配をかけたか?」
車に早足で歩み寄ってくる冷也の様子に、水鈴が車の戸を開けて外に出ながら、申し訳なさそうに冷也を見上げる。
「いや、いい」
冷也はそう言って水鈴の頭にぽんっと手を置きながらも、泉の方に明らかに敵意を込めた視線を向けていた。
「いつもどうもありがとうございます、先生」
全然ありがたそうでない、むしろ迷惑そうな口調で冷也が礼を言って非常に浅く頭を下げる。
「いえいえ。いつでもお預かりさせて頂きますよ。水鈴君、また来てくださいね」
泉は泉でニコニコと微笑みながら、相手が決してそれを望んでないのを分かっていてそう言った。その上、わざと水鈴を姓でなく名で呼び、話しかける。
「ああ、ありがとう、泉」
水鈴もそれに合わせてつい、泉のことを名で呼んでしまった。泉の口の端が上がるのに比例して、冷也の眉の端も上がっていく。
「水鈴、先生を名前で呼んだりするものじゃない」
冷也の厳しい声に、水鈴が驚いて顔を上げた。
「あ、ああ。すまない・・冷也、神崎先生も・・」
冷也の言っていることは正しし、何より冷也のきつい言い方に自分がすごく悪いことをしたような気がした水鈴は、落ち込んだ様子で冷也と泉に向かって詫びる。冷也はその表情に罪悪感を覚え、何か声をかけてやろうと口を開いたが、声に出す前に泉の声に遮られた。
「気にすることはありませんよ、水鈴君。僕がそう呼んでくださいと言ったのですし、ここは学校ではありません。僕は個人的に君を自宅にご招待したのですから」
そもそも、教師が生徒を個人的に自宅に招待するのは、かなり問題がある気がしないでもないが、そんなことは泉にとって紅茶の中に混じった茶葉の欠片ほどにも気にならないことだ。
冷也はそれを無視して、水鈴の背を押してに家にはいるように促した。
「冷也・・?」
見上げた冷也の薄い表情の下に苛立ちを見いだした水鈴が、困ったような顔で彼の名を呼ぶ。冷也は振り返らずにそのまま水鈴を連れて家に入った。
水鈴は肩越しに振り返って泉に手を振ると、気まずそうにそれに続く。泉はそれに機嫌良さそうに手を振った後、水鈴が入っていった家に、氷のように冷たい視線を残して、車に乗り込んで去って行った。
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