第五話 涼華 〜1〜


 小さな白い空間。
 白いタイルで覆われた空間の一角に水が溜められている。この空間では、水を簡単に増やすことができることを水鈴は知っていたが、その必要はなかった。
 歌うように紡がれた音と共に溜められた水が大小様々の歪んだ球体となって、宙へと浮かび上がる。
 水は声など出さない。ただ流れによって水音を生むだけ。それが人間達の認識だが、彼にとっては違った。水は話すし、歌いもする。いや、正確には水に宿る精と言った方がいいのだろうが、どちらにせよ人間にとっては無意味なことなのだろう。
 水鈴は自らの周囲を形を変えながら舞っている水の精達と会話していた。こちらに来てからあまりこうやってゆっくりと会話していなかったから、それは非常に楽しく思える。
 ほんの少し前、彼の友人と言えるのはほんの数人の年の離れた友と、彼ら精霊達だけだったのだ。
 彼らはそう高い知能を有するわけではなかったが、その純粋で多感な感性と接するのは楽しかった。
 水鈴は延々と彼らに新しく出来た友人達のことを話して聞かせている。どこまで理解しているのかは定かではないが、少なくとも彼らが水鈴の幸福を祝福しているのだけは、確かだった。
 不意に、水の精の言葉にもっと大きく強い音が混じった。まるで急かすようなベルの音は最近水鈴にとっても日常にとけ込み始めている。
 水鈴は座っている浴槽から勢いよく立ち上がり、浴室から駆けだした。水は水鈴が去ると共に元の通り浴槽へと戻り、それ以降動くことも話すこともなく静まりかえっている。
 「はい、もしもし氷月だ」
水鈴は何とかやっとのことでベルが鳴り終えるまでに電話の受話器を引っ掴み、冷也に教えられたお決まりの台詞を口にした。多少息が切れているのはご愛敬だ。
 「もしもし、水鈴、俺だ」
聞こえてきたのは抑揚の薄い、どこか冷たそうで温かい響きを帯びた声。水鈴は受話器の向こうの姿を思い浮かべて、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「冷也・・どうかしたのか?」
 電話の相手である冷也は、ただいまアルバイトに出ているはずである。窓の外では大分日が低いところにあるから、時間的にはそろそろ帰りがけといったところだろうか? 水鈴は珍しく朝からずっとお留守番だったのだ。
 「ああ、水鈴。何も困ったことはなかったか?」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと留守番しているぞ」
水鈴の声はどこか誇らしげだ。年齢的には留守番などできて当たり前で、それは水鈴が天界の者だからといってそう変わりはないのだが、何せ王太子として王宮で大切に育てられてきた水鈴にとっては、留守番は初体験だったのだ。何事もなく遂げられたことに幾分の誇らしさを感じても罰は当たるまい。
 「今日なんだけど、外国に行ってた俺の姉貴が帰ってくるから、空港まで迎えに行ってから帰ることになった。ちょっと遅くなるかもしれない」
「そなた、姉君がおったのか?」
「ああ・・・まぁ」
水鈴にとっては初耳である。そういえば、冷也の両親についても仕事で遠くに行っているということ以外、詳しく聞いたことはなかった。
 冷也の姉、氷月涼華は現在24歳。大学卒業後父親の会社の子会社を任され、英国でその仕事に当たっていた。大学もイギリスの大学を浪人無しで卒業している秀才である。
 その姉から今日の昼頃、急に冷也の携帯に電話が入り、今日飛行機で着くから迎えに来いとの仰せだったのだ。小さい頃からどうにも姉には敵わない冷也は、どうせ荷物持ちだとわかっていても、黙って仰せに従うのみである。
 「で、お前のことなんだが・・・」
冷也の姉とあらば、他の人間相手のように親戚と説明して誤魔化せる筈もない。だからといって、帰ってきたら知らない子供が家にいて、彼女が問いつめないわけもないだろう。
 「わかった、冷也の思うとおりにしてくれ。私は冷也の姉君なら充分に信頼に値すると思っておるし、何より冷也の判断を信じておるから」
水鈴は冷也に全幅の信頼を寄せて、当然のごとくそう答えた。
 受話器の向こうで冷也が満足そうな表情を見せる。
「わかった。じゃあ、姉貴と一緒に帰るから」
「ああ。ちゃんと待っている」
それを会話の最後に、冷也と水鈴はお互い受話器を置いたのだった。



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