第五話 涼華 〜5〜


 冷也は鬼族が力尽きる姿を見て、ずるずると腰が抜けその場に座り込んだ。
「冷也、怪我はないか?」
水鈴が振り返って冷也に駆け寄ってくる。鬼族に巻き付いていた水竜は、弾けるように元の水へと還っていった。力の抜けた冷也の手から離れたホースが、蛇のようにうねりながら部屋の中に水を撒き散らすが、冷也にそれを気にしている余裕はない。ただ、蒼白になった顔を心配して覗き込んでくる水鈴に、力なく頷くだけだった。
 「まったく、情けない限りですね」
不意に嘲笑を込めた声が響き、水鈴は後ろを振り返った。そこにはいつの間に現れたのか、銀髪を揺らした泉が立っている。水鈴の肩越しに彼の担任のはずの青年の姿を見て、冷也が怪訝そうに眉を寄せた。
「遅くなってすみません…でも、無事でよかった」
泉は水鈴に歩み寄るとその体を引き寄せるように抱き締めた。
「私は大丈夫だ。私だって自分で戦うべきだろうし、そなたが気に病むことではない。それに…冷也も助けてくれた…」
水鈴は宥めるように泉の背を撫でた。泉はゆっくりと抱き締めた体を離し、柔らかに微笑む。
 「どういうことだ? どうして、お前の担任がこんなところに…」
急に現れた水鈴の担任であるはずの男。そして、その彼に抱き締められる水鈴を呆然と見つめながら、冷也が問いかけた。
「そうか、そなたには話していなかったのであったな。すまぬ、冷也」
水鈴は泉から体を離すと、名残惜しそうな泉の表情に気付く様子もなく、済まなさそうに冷也を振り返った。そして、再び泉の方へ顔を向け話しても良いかと問いかけるような視線を投げる。泉はその意図を汲んで頷いた。
 水鈴が泉のことを話し終えると、冷也は泉から庇うように水鈴を引き寄せて、泉の方に険しい視線を向けた。
 「冷也、どうしたんだ?」
「こいつ…本当に信用できるのか? 鬼族ってお前を狙ってる奴らなんだろう?」
「貴方のような無能で役に立たない人間などより、余程マシですよ」
冷也の懐疑の言葉に、泉がすかさず毒の籠もった冷ややかな口調で返す。先程自らの無力を感じた冷也にとって、その言葉は痛かった。
 「冷也は、落ちていた私を拾って介抱してくれたし、私がこうして人間界で不自由なく生活できるのも冷也のおかげだ。さっきだって、冷也は私を助けてくれた」
水鈴は下を向いてしまった冷也の顔を覗き込み、励ますようにゆっくりとそう語った。冷也の表情に幾分明るさが戻る。もっとも、そもそも表情の変化自体が乏しいので、端から見れば大した違いには見えない。
 「それに、泉だって、何度も何度も鬼族に襲われた私を助けてくれたんだ。それに、学問も丁寧に教えてくれる。だから、私は信じているし、頼りにしているんだ。冷也も…泉も。だから、二人にも信じて欲しい」
水鈴の瞳がまっすぐに冷也を見つめ、振り返って同じように泉を見つめた。まったく性格や雰囲気の違う二人が、その視線を受けて同じように複雑な表情を浮かべて口を噤んだ。蒼い瞳に称えられた真摯な光に逆らうことができず、一方はゆっくりと息を吐き出し頭を振り、もう一方は苦笑して方を竦める。
 「わかった。信じる」
「わかりました。信じましょう」
二人ともどう見ても不本意そうな表情ではあったが、しっかりとそう口にして頷いた。
 水鈴の瞳がその言葉に輝き、可愛らしい歯を間に覗かせながら唇が弧を描く。ありがとうとその唇が嬉しそうに紡いだが、言葉などなくとも、彼らにはその笑顔だけで充分だった。
 「ところで…」
水鈴の表情を満足げに眺めていた泉が、ふと口を開いた。
「水鈴君、僕の家で僕と一緒に暮らしませんか?」
その言葉で、先程少し和らいだ空気が音を立てて崩れた。冷也の剣呑な視線が泉に向けられるが、泉は気にする様子もなく話を続ける。
「彼が君のことを大切に思ってくれているのはわかりました。でも、実際に人間では鬼族から君を守るのに力が足りないのも事実です。それに、君だって今回のように彼を巻き込んで危険な目に遭わせたくはないでしょう?」
冷也の視線には取り合わず、泉は諭すような口調で水鈴に語りかけた。水鈴も、その言葉に下を向いて考え込む。彼なりに、冷也を巻き込んだことを気にしていたのだろう。
「水鈴っ、俺は別に気にしない。今回だって大丈夫だっただろう?」
冷也は水鈴の態度を見て、焦ったように水鈴の肩を揺する。だが、その言葉に顔を上げた水鈴の顔は浮かないものだった。
 「“今回は”の間違いでしょう。家だってこの惨状です。これからも防ぎきれるとはとても思えませんね」
泉が追い打ちを掛ける。水鈴と冷也が同時に見回すと、リビングは見る影もない惨状で、机や家具が壊れたり灰になったりしている上に、絨毯も水浸しである。
 水鈴は決心したように冷也に向かって口を開こうとした。冷也の眉が切なそうに寄せられる。
「冷也…私は…」
だが、紡がれようとした言葉は凄まじい爆音に遮られた。



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